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交錯

宮殿の謁見の間は、これを設計したお抱え建築家が意図したように、明り取りの多い光に満たされた広間であった。

真紅の絨毯を静かに進むすそ丈の長い後宮女官の礼装のその女は、玉座から5mほど手前で静かに立ち止まり、頭をたれ、身をかがめて礼の姿勢をとった。

「面を上げよ。直答を許す。」低い声が頭上から降る。

女は少し頭をあげ、上目で声の主を視線の端に見、また下げた。

「勿体のうございます。」

へりくだってはいるが、語尾のはっきりした言上が壇上に返ってきた。

中心の玉座に座すほぼ老年に達しつつある、その人物、この帝國に今君臨する皇帝とその隣に座す微笑を絶やさぬ引き締まった容貌の若い男、彼女が今仕えている皇太子が見おろしている。

「もう、気持ちは決まったかい?」皇太子が優しくきいた。

「はい…。かたじけなさに身も震える心地がいたします。」

君主とその長男は満足そうに頷いた。


「あの方が入内されて3年ですか。」

「はや、もうそんなになりますかな。」

「公爵家からの入内、あの当時はその清楚さ、愛らしさ、天使のごとくでございましたな。」

「後宮に入られ、女官長様や第1皇女様から特にお目をかけていただいたとか、最近では皇太子殿下お身内の御用はもっぱらあの方が果たされているとか。」

「そう、そう。本来なら、その、お手つきになってもよろしかったのですが…ゴホ。」

「殿下にはそれが、その。まあ、こんなところでは憚られますな。」

「そうそう、壁に耳ありですぞ。あれだけご壮健でいらっしゃるのに、神も罪な積み残しをなさる。」

「しかし、不謹慎ながら、幸いなのではないですかな?このたびのお話、けっして悪いお話ではありますまい。」

「いやいや、皇祖御建国のみぎりにそのお馬の轡を持してお仕え以来のお家柄とはいえ、御養女としてお迎えいただけるとはまことに名誉。」

「左様、いずれ他国に嫁がれるとしても、その国のお妃となられるのは明確。うらやましき限りじゃ。」

「しかし、妙な話も聞き及びますな。」「ほう?」

「入内される予定のその朝。双子のご姉妹を急に亡くされたとか。まあ、口さがない雀の囀りですからよいのですが。」

「何かございましたかな。はて、はやり病に罹られていたのに、前夜の御行事に無理を押して出られた故のことと聞き及びますが?」

「夢見がちなお年頃、夜中急に夢魔にとりつかれて、手近な刃物で自分を害されようとなさった。丁度それを見咎めてご姉妹のご乱行を止めようとなさったが、すでに遅かりしとか。」

「さてさて不審。しかし、健気にも甲斐甲斐しくお亡くなりになったご姉妹をわが身が朱に染まるのも省みずに介抱しようとなさったそうで、それゆえ入内されてからも、皇后様はじめ大層お目をおかけになったそうで。」

「いや、ちと長話が過ぎましたな。ほれ、宰相閣下が来られる刻限、あのお方がこんな話を耳にしたらばいろいろ難しい。」

「左様ですな。ではのちほど。ブロース産のよい海老が届きましてな。」

「それは楽しみ。いつもの時間によらさせていただきましょうぞ。」


宮殿内では居室を控えの間呼ぶ。

すでに女官としては若さに関わらず、ある程度の重きをなしていた彼女は、日当たりのよいいくつかの部屋に別れた狭からぬ控えの間を与えられていた。

重い礼装を普段の執務用の衣服に改めると、彼女は静かに先ほど御殿を辞すときに宮内長官の手を介して下げ渡された大き目の菓子の容器に触れた。

これはあとで身分の低い童女たちに分けることにしよう。


少したったとき。座ったままの彼女は小さくひとりごちはじめた。

風貌が少し変わった。

いつもの明るい小春日和を思わせる目の色が、今はしずかな、しかし怜悧さを思わせる色に。

「おめでとう。姉さま。大変だったけどここまでやっと来れたわね。」

低く細い、か弱さをおぼえるような声。さきほどの謁見の際やこちらの御殿に帰ってからのてきぱきとした口調とはまったく違う抑揚の欠ける口調。

「心配したけど、姉さまの陰日なたのない人柄のおかげよ。人と交わり、その場の空気をとても明るくしてくれる。うらやましかったの。実はすううっと。」

「でもずいぶん危ない橋をわたったわ、何度も何度も。ああいう嫉妬やひねこびた悪意ばかりの人たちってずいぶんいるものね。あの人たちが何かを仕掛けるたび、危ういところでいつも姉さまが頼りにしたのは。

わたし。」

「いいの。私は姉さまがとっても大好き。この体と一緒に生きていけるのがとても幸せ。いつでも頼って。」

「でも、少し違うのよ。あなたのお話はみんな大好きで、みんなあなたのほうをすぐに向く。皆はとっても好いてくれる。そう思っているのね姉さま。」

「私にとっては、姉さまのは自分のよいところだけ見せる自己宣伝。うざいだけだわ。

だから、そんな姉さまは大っ嫌い。」


急に震えきたように背筋がのびた。

だが再び、おちつく、と同時に目の光が青黒く燃える。

「姉さま、あなたは私、私はあなたよ。死ぬまで…この体がなくなるまで一緒。だから多少軽はずみで思慮の足りないあなたが罠に足を取られないように見ていてあげる。なにしろ、あなたが苦痛と思うものは私も耐え難いもの。」

「勘違いしないでね。あなたと私は同じだけど、あなたを救うのは私の意志よ。だから…。」

髪をほどいた。つややかなウェーブが優しく肩にかかり、額を覆った。

「私を信じなさいね。私のいうことに間違いないんだから。」

「捨てないで。愛しています、お姉さま」


春先の夕暮れ。まだ少しのこる冷気が部屋の中の光度と反比例して忍び込んできていた。



翌月、公爵家令嬢にして皇太子付き女官を養女として迎え、第11皇位継承者となす勅令が発布された。

それから数ヵ月後、国内の風光明媚な湖水地方にある離宮で皇女は隣国の王太子殿下との謁見を賜る。

その後両国間の種々の懸案を話し合う多忙な外交日程の間を縫って交渉が続けられ、

最終的に両国政府の決定に基づき、皇女の隣国へのお輿入れが決まる。


翌年、隣国王宮にて皇太子、実の親公爵夫妻列席の元、王太子と皇女の婚礼が賑々しく行われた。

新しい王太子妃は笑っていた。それは故国で貴賎問わず多くの人々を魅了した晴れやかな笑顔だった。


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