諍い
暖かな春の夜。満月が蒼い光を夜空一杯に投げかけていた。
宴もクライマックスに達して、さすがに暑苦しさを覚えた二人は、バルコニーに出て清らかで優しい木々の香りに満たされ、しかも適度にひんやりした空気にどちたからともなくすうっと息を吐き、そしてお互いを見て笑った。
今日は2人の誕生日。同年同月同日に誕生した双子の2人にとっては、年に一度のしかも最大のお祭り。今年もたくさんのゲストを招き、家の者たち総出で支度に大童。
上はやんごとなき血筋にあたるお方から、下は2人の学友たちにあたる者たちまで、皆が口々に寿ぎの挨拶を2人にかけ、そして2人の甲乙これまったくつけ難い美貌と才気を誉めそやした。
2人の父親の主君筋に当たられる皇族は満足そうに二人を見比べながら、畏れ多くも2人の母親に声をかけられ、かかる美しくも気立てのよい令嬢を二人も持てたは、神の配剤、うらやましき果報者よ、とのたもうて、母親をひたすら恐懼とうれしさから、柘榴の実のごとく赤面させていた。
父親は客の群れの中から彼女たちの学友たち数名に声をかけ、口々のしかし遠慮がちに話し始める少女たちから学びやでは2人が方や蒼、片や赤と色で呼び習わされている由来を満足そうに聞いているところであった。
姉妹はバルコニーの柵にもたれて、月の光がぼおっと照らす、この家の主の所有にかかる田園や林が緩やかにかなたに広がるのを眺めていた。
小川の水面がそこだけ白かった。
「夢みたい。」
一応姉ということになっている娘が月を見上げながら言った。
「ええ、夢みたい。」
妹が足元の暗さの中、東屋の白いテーブルと椅子が光をあびてぼうっと光るのを眺めながら言った。
でも、これが最後なのね、とは2人はとうとう口に出すことが出来ないでいた。
姉は明日以降、この屋敷にはいない。
今回お出でになった皇族の口利きで、皇太子付きの女官となるべく宮中に参内することになっていた。
一方家に留まる妹には、父親が許婚を選んでいた。
諸国との貿易で巨万の富を築いたさる分限者、その御曹司であった。
一目だけでも素晴らしい未来。
誰もがうらやむ輝かしい道が二人の前に広がっていた。
だが。
「やっぱりダメなんだ。」
姉がぽつんと言った。
「うん、やっぱりさ。」
妹がさらにうつむいて応えた。
姉はすべてについて前に向いて走っていくのが好きだった。
何者にも束縛されない自由。そして誰のためでもない、自分のためにすべてを勝取る事。
宮中とはそれはそれは旧弊なしきたりや隠微な嫉妬や陰謀が渦巻くところと若い身ながら彼女は知っている。
そんなところは御免被る。
妹は静かにかつ控えめに誰かを見守って行くのが好きだった。
内情なんてどうでもいい。とにかくすべてがきっちりと決まり、硬い揺るがざるモノの中、誰かに分に従って従うこと。
貴族とはいえ、その商人の倅はあまりに奔放に見えて、彼女の眉をひそめさせるのに十分だった。
なぜ、あのような男と添い遂げねばならぬのか。
女中頭が心配そうに様子を見に来た。
もうそろそろ、皇族がさすがに疲れてお帰りになられる。
商人貴族の倅は部屋の反対側でその他の女たちと呆けた莫迦話をしまくってさすがに飽きてきたようだ。
ああ、そうね、ごめんなさい。
お見送りにすぐおりていきますから。
2人はバルコニーを離れ、廊下に出てそれぞれの部屋に向かい、別れた。
姉は思った。あの子さえいなければ。
私1人なら、父も母も入内のお話を謝絶したろう。
宮中にはいることは、その家にとっては底なし沼に財産をすべてつぎ込むようなものだと聞く。かすかな話ししか聞えてこないが、伝統ある家系を誇るこの家とて、実は内実は火の車なのだそうだ。
むしろ、貴族株を金で買った成り上がりとはいえ、あの商人貴族との縁つながりの方を特に父は優先したに違いない。
幸い、当主である新たな養父も、実は最近健康が優れない。その倅であるあの男はとんだうつけ者で、家督を継いだなら早晩身代を潰すのではないかという噂話を耳にしていた。
私ならば、と姉は思う。私ならば莫迦な夫を押し込めてでも再び海商王と仰がれた隆盛を取り戻して上げられる。
そうすれば、父母も、妹も幸せに
ここで立ち止まる。そう、あの子さえいなければ。あの子に入れ替われば、ことは成る。
一方、妹は思った。あの子さえいなければ。
私1人なら、父も母も二つ返事で私を入内させたろう。
宮中にはいることは、その家にとってはこの上ない名誉。これは数に限りのある貴族の家の中でも選ばれた証。
少ししか聞いていないが、伝統ある家系を誇るこの家とて、何代にもわたって出すわけにはいかないようなのだ。
それに皇太子は今年17歳。そろそろ皇妃、あるいは寵妃をお求めになってもおかしくない。伝統的に外国から皇妃を迎える場合は、寵姫を宮中から、宮中から皇妃をという場合は寵妃も国内というしきたりになっていると聞く。
むしろ、皇太子殿下も皇帝陛下も、物堅いくらい控えめそうな女性を好まれると聞く。権謀渦巻く中とはいえ、気が強く衝突を起こしかねぬ姉以上に自分は適格ではないか。
確かの今後物入りになりそうなのはわかっているが、ここはあの貴族株を金で買った成り上がりを適当にあしらっておだてながら搾り取ってやればよい。
私ならば、と妹は思う。私ならば殿下の寵愛を受けて、皇妃になるチャンスは遙かにある。そうすれば、外戚として父も、母も、姉も
ここで立ち止まる。そう、あの子さえいなければ。あの子に入れ替われば、ことは成る。
翌朝、夕べの華やかな喧騒はウソのように片付けられ静まり返った広間に入った女中頭は悲鳴を上げる。
駆けつける執事や召使たち、そして主人夫婦の目の前で、そろいの白い寝巻きを赤黒く汚した二人の乙女。
片や仰向けに伏せて血だまりに浮かび、虚空を光なく見る。
片や右手に白く光る刃を錆色に染めて佇み、黒く広がる床の染みを光なく見る。
いずれが蒼か、いずれが赤か。
問う術とてなし。