雷
帝國西部に広がる草原地帯。そこに広大な敷地を有する飛行場と工場のコンプレックスがあった。
その日、何本かの大滑走路の一つに面した飛行機メーカーの格納庫の巨大な扉がゆっくりと開けられた。
エプロンにたたずむ多くの観衆からどよめきが起こった。
数年前に巨費を投じて完成した格納庫。本来は飛行船建造にも転用可能という設計であったため、天井が他のものよりも格段に高く、それだけでも遠目からは異様な姿を見せていた。そんな鉄骨を壁面に縦横に張り巡らした格納庫の中、彼女はその威容にフラッシュの嵐が襲い掛かるのをほしいままにしてその長大な翼を休めていた。
飛行機素材が軽金属材料により取って代わられて以来の流行を推し進めた抵抗係数の少ない流線型、そして単翼機が主流になってからほんの数年しかたっていない。しかし、今までのどの輸送機や爆撃機よりも大きなその機体は、まず、その未来から来たともいえる機体のラインで観衆を魅了した。
ほぼ完全な円形断面の胴体はすらりと後方に伸び、少し切れ上がった尾部には形のよい大きな尾翼がそびえていた。機首は突起のない全面を透明アクリルで包まれた、何かのタマゴのようなのっぺりとしたもの。前縁の少し後退角のついたアスペクト費の大きい主翼はまっすぐ上半角を保ったまま伸び、そして、特徴的には、巨大な5枚プロペラをプッシャー式に回す2機の大きな液冷エンジンの外側にほぼ同じ大きさの平べったいポッドが下がり、それには各々2個ずつの吸気口と噴射口が前後に見えていた。尾部には窓のついた機関砲の銃座、そして、今は外からは見えないが、機体の前後4箇所に引き込み式の防御用銃座も用意されていた。胴体の下面、かなりの部分をしめる爆弾倉の折りたたみドア、そこに秘められる予定の搭載物のボリュームへの想像が容易にこの爆撃機の強大さを表していた。
銀色に輝く機体の機種には、大きな青文字で「バーナム魂」とでかでかと記されていた。
この基地のもっとも近所の都市、バーナムにちなんで付けられた名前。もちろん軍公式のものではないが、航空機工場とその関連企業に市民の多くが職を得、それに付随して発展しつつある同市はあらゆる面で基地に対して全面的に協力的であった。それゆえのささやかな軍からの贈り物が、今日配属になった新型機の量産機のスマートなノーズに燦然と誇らしげに輝いている。
トレーラーで静々と引き出された銀白の意志は、やがてエプロンを遠巻きにする群集の前で止まると、何人かの男たちが近づいてきて点検を開始する。マニュアルに従うならもっと煩わしい手順があるがすでにそのほとんどはセレモニー前にすませてある。軍がいかに真剣かつひな鳥を愛でるように大予算を投入したか機体を扱うかをアピールするセレモニー。
やがて、長々とした来賓の挨拶が済み、本日の主役、飛行隊長である機長が壇上でバーナムの市長に飛行服のまま硬く握手を交わすと、市長は言った。
「大事に使ってくれたまえよ。」
機長は笑って答えた。
「手綱を緩めず拍車をいれよ、ただし飼葉はもりたくさん。で行きますとも。」
騎兵の古い箴言を口にすると、ん十年前に馬上揺られて辺境警備の経験のある市長は破顔した。
機長以下のクルーが乗り込むと、やがてまずピストンエンジンがスターターの唸りとともに身震いして一瞬排気管から黒々とした気体の固まりが吐き出され、唸りをあげて大振りのプロペラが回転を始める。耳をふさいでいる観衆が目立つ中、高音の唸り声とともに4基のジェットエンジンが始動、やがてざわめきも完全に封殺する爆音となった。太い腕ほどの太さのあるケーブルをソケットから抜いた整備員がそれを電源車両に積み込んでハンガー裏に走り去ると、轟音は一段とたかまり、空気をびりびりと振動させた。
管制塔からタキシー許可を得ると機長は機重を支える10本のタイヤにかかるブレーキを解除し、自力で機体を滑走路に運んでいった。従来の小型機に見慣れた目には異界の怪物が降臨して何かを目指して進軍しているかのように見える。
滑走路に並行して機体の姿勢を整えた機長は副操縦士に離陸準備終了を管制塔に通知させる。管制塔は風向、温度、湿度、などのデータを淡々として伝えたあと。コース上クリア、離陸OKを伝える。
「手綱を緩めず拍車をいれよ」機体は滑走路上を突進し、その長さの中ほどで機体を浮かせ、やがて離陸した。観衆の歓声はここまで聞こえては来ない。
大きくバンクした機体は一旦芥子粒ほどの高さまで上昇していく。地上のアナウンスがスピーカーから、高度1万メートルの巡航高度があり、その高さでも与圧装置のおかげで乗員は快適だとさえずっていた。白い飛行機雲がまっすぐ伸びてゆく。
一旦消えたと思った機影はしかし、今度は滑走路を逆の方向から低空で進入を開始した。
目を凝らす観衆はここで驚きの声。今度は同じ6機の機影が飛び込んできたのだ。
帝都近郊のテストセンターで飛行試験を繰り返してきた先行量産型のフル出動、その編隊を「バーナム魂」が先頭になって率いている。アナウンスは爆音に負けじと、これらの機体がすべて量産型に改修しなおされて当基地に配備されるとがなりたてる。
市長は口をあけたままかすれた声で「とべとべひこうき」と口すさんでいた。横から夫人の咎めるような視線を感じて我に帰った彼は、咳き込んだ後、こぶしを握って振り上げ、絶叫した。
「いけええ!!ベイビー!!」