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トラヴィアータ1

木漏れ日が少し目にまぶしい。ゴーグル越しでもそうなのだ。

ライダーはその名の通り、皮のヘルメットにゴーグルをかぶり、厚めのデニムのつなぎの袖をたくし上げて、スロットルを吹かした。

もうそろそろ、プラグをみたほうがいいな。吹き上がりの騒音の中にしかめっつらがましい濁音を聞きながら彼は思った。

まあ、いいさ。次の町に行けば整備が出来る。給油施設がある場所では大概修理用の部品もあるものだ。こういうとき軍払い下げの側車は助かる。なにせ、国中で一番オーソドックスなパーツしか使っていないのだから。

林道の中を風を切って走る。大き目のサドルの後ろにもう一つサドルがあり、その両脇には膨れ上がった皮のケースが2つ。上にはこれまた丸々と丸めた毛布やら寝袋やらが縛り付けられている。

側車の方にはやはり皮製のケース、後ろにはスペアのホイール、そしてステアリングの脇にはこれまたカンバス製の細長いケース。

車自体はなんとも珍妙な色をしている。全体を帝國軍公式の濃い緑に、しかし、あちこちこすれたような黄色や黒の帯やら幾何模様が塗りつけられている。それも刷毛目で。

彼が入手した頃からこうなので、たぶん軍でもこんなヌリだったのだろう。さすがに彼も最初は引いたが、調子だけは同時に出た品の中では最高だった。

名前は「トラヴィアータ」。「しきたりや定めに逆らう女性」ようするにアバズレということだ。


トラヴィアータと彼は、しかし、この明るくご機嫌な道中を中断せざるを得なくなった。走っていく先の道中に何かが飛び出せば、それはブレーキをかける。

それを視界に捉えたとき、丁度スピードは急な制動でおとなしくそのままの姿勢を保てる範囲を逸脱していた。のみならず、反動でつんのめる。ガクンとメーターが伸び上がった彼の下腹部を叩いて、その、息が止まるかという苦痛。

身をかがめてライダーはうめくこと10数秒。コースも見事にそれて、あと数歩で危うく樹齢60年近い杉の幹にコースがクロスするところだった。


なにしやがる!と言いたくてもいえない。そんな彼の目の前に、その物体、若い女は駆け寄ってきた。

「す、すみません!」思いっきり頭を下げた。

「気をつけろよ。」男は弱弱しくもうめいてみせる。みると、かなりの美人である。長めのストレートな黒髪を後ろで束ね、そして、なんともこんな山中にはチグハグなことに真っ白なフード付きの長衣をまとっている。かなりふくよかな胸の丁度下辺りで幅広のベルトが結ばれている。そして、たぶん、華奢だが形のよい肢体を包んだローブは足下まで。

「…のせてくださいまし。」


「何だって言うんだい、いきなり。」ライダーはその言葉を言い終わらぬうちにもう一遍反芻しなければならなかった。

周囲の草木が立ち上がったのだ。

いや、たしかにそう見せるほど、彼らの偽装は水際立っていた。たちまち二人の周囲は迷彩色の10名ばかりの集団に取り囲まれた。

みると全員が飛び道具。採用されて2年はたっていない短機関銃を構えている。

すでに車を降りて、彼女のそばに立ち尽くすライダーに中の1人が銃を擬してくぐもった声で言った。

「渡していただく。お前には関係ない。」

ライダーの頭の中でパチンとなにかが弾けた。

「いきなり飛び出して誰何もなしか。そっちこそ部隊、官姓名を言えよ。」じりと動く。

先ほどしゃべった指揮官らしい男が目配せ。「民間人に何でも話す義務は無い。」

さらにじりっと近づく。

「ほお、いえねえのか。」今度はこちらがジリっと。

指揮官はセーフティに指をかけた

そのせつな、男は手に持った容器からなにかの粉を相手の顔めがけてぶつけた。

たちまち周囲に粉末の雲が舞い散り、男たちの集中が大いに乱れる。

そのとき、すでにライダーは彼女の腕を握って引っ張った。「早くのれ!」

アイドリングをかけたバイクぼクラッチを蹴飛ばし、彼女の軽い体をサイドカーに押し込むとアクセルを吹かす。

こういうときにはなぜかトラヴィアータの吹き上がりは水を得た魚のようだ。一目散に走り出した。

追っ手はあわてて走り出そうとした。だが…。

彼らの背後のさらに森の奥から影が、そう圧倒的に禍々しい殺意の影が彼らの中を走りぬけ、そして、あるものは血反吐をあるものは文字通りからだの一部を宙に飛ばして倒れていった。

その影はしかも、すでにはるか先を走るサイドカーめがけて疾駆した。

ライダーは気配に気がついたとき、すでに自分の後ろのサドルに取りすがり、しなやかでしかし強靭な腕で彼の頸部を扼していた。

振り切ろうと蛇行するライダー。そのたびにサイドカーの女は振り飛ばされそうになりながら声を上げる。だが、首に絡みついた腕はますます圧迫の度を加えるのみ。

ブレーキとクラッチ、そして急展開、同時に操作をかすむ視界の中でこなすと、反動で三人三様に側車から放り出され、宙を舞った。


生き残りの迷彩服、指揮官は片足を引きずりながらようやくの思いでサイドカーの通り道をたどっていった。あのとき、不意に頭上に黒い影が出現したとき、視野の端で部下の首筋から真っ赤なものが吹き上げるのが目に入っていた。振り上げた銃が一気に叩き落され、みぞおちに衝撃、さらに左ひざに鋭い痛みを覚えて昏倒した。今もひざは痛みを訴え続け、そのたびに歯噛みをする。


ようやくたどり着いたその地点も道がゆるやかに曲がっている以外はごくごく平凡な山道。しかし、植生の乱れと轍が大きく乱れているのは見逃せなかった。

しかし、そこには何もない。追っていたターゲットも、突然出くわした古ぼけた車両兵姿のあの男も、サイドカーも、そして、地べたから見上げたとき、軽々と人とは思えぬ跳躍をしながら駆け去る黒くしなやかな影も。

指揮官は座り込んだ。あと、なすべきことは、さっきの場所に放置された無線のところまで行き、王都にいる上の指示を仰ぐしかない。ギリっと奥歯が鳴った。


ライダーは目を覚ます。丁度、その日38発目の榴弾が自分から50mの至近で炸裂し、彼の体をわしづかみにして放り上げ、絶叫をあげたところで、天井の板目が目に入った。

心配そうな目が覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?」

起き上がって何か言おうとしたとたん、寝床の反対側から別の腕が一組伸びて強烈な力で彼の上体を押さえ込んだ。こっちは少しすぼめた冷たい目。

「アマミク。乱暴はいけません。」

白い衣服の女が嗜めるように言った。

「…もうしわけありません。」

アマミクと呼ばれた黒いケープをまとった女が眼を伏せた。

「気がつかれたので安心しました。ご迷惑をおかけして…」

ふいに白い女はつうっと後ろに下がって姿勢をただし、深々と頭をさげた。「本当に御免なさい!!」

年恰好はまだ少女といってよい。黒い艶やかな髪の毛をきれいに束ねている。白い装束の上に簡素なネックレス。顔かたちはしかし、良家の子女独特の艶やかさがある。

「いったい君たちは…」

「私はアマミク、こちらの御寮様にお仕えする身だ。」

黒装束の女が答える。この女の髪の毛は、しかし、ほぼ白銀に近いブルーネット。短いその髪の前髪を額に垂らしている。

「で、なんで、その、御寮さんは道の真ん中に飛び出した?それとあの武装した連中はあんたに何をしようとした?おまけに逃げ始めた俺たちに追いすがってきたあのバケモノはなんだ?」

付け加えて口に出したいことは山積みだが、とりあえずライダーは言葉を搾り出した。

「ご、ごめんなさい…巻き込むつもりじゃ…」

さえぎるようにもう一つの声が言った。

「最後の質問から答えよう。まず、バイクにうしろから飛び乗って止めようとしたのはこの私だ。御寮様を北嶺山脈のど真ん中まで連れて行きそうな勢いだったからなあんたは。次にお前たちを襲ったのは王国軍の連中だ。我々を狩り出す任務についている。そして、御寮様はたまたまあの近在の村で癒しの施しをされた帰り道に襲われたので逃げてきたのだ。」

ライダーは声を高めた「貴様か!!」

「ああ、ああしないとお前は止まらなかった。」黒の巫女は淡々とつむぐ。

「その、お前の大事な御寮様も危うく死ぬか怪我するところだったんだぞ!!」

「大丈夫だ。」

「何だとお前!」

「だから大丈夫だと言っている。」ふとその瞬間目線が下がって「あの程度では私たちは死ねないようになっている。」

ライダーは目を瞑った。「信じられねえな。」

「信じる信じないは勝手だ。だが、あのときの速度はそのままだとお前もただではすまなかった。」

「いちいちむかつく奴だな。」「そうよく言われる。」


心配そうに二人を見ていた白の姫君は声をかけた。

「アマミク… ご用意したお食事を。あ、あなたもお口に合うか判りませんけど…」

急に黒の巫女は頬を染めた。「申し訳ございません、御寮様。」

「アマミク、あなたはいつもは冷静沈着ですが時として気の短さを押さえきれなくなることがあります。気をつけてくださいね…。それと旅の方、改めてご迷惑をおかけしたことをお詫びします。それから、あやういところを。本当にありがとうございました。」

一瞬前のおろおろした少女はそこにおらず、凛とした声が部屋を満たした。

「あ、いや、本当に無事でよかった…です。それとありがとう。」男は頭をかいた。「名乗るのを忘れちまって。ライダーと呼んでください。」

「ライダー…さん?」

「よくいぶかられますけど本名なのです。」






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