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灼熱連鎖2

その晩、兄は重苦しさを覚えて目を覚ました。

目の前にある何か。それが見慣れた顔の形に暗い部屋の中で網膜に像を結ぶまで数秒かかった。

とてつもなく長く感じられる数秒。

「な、なんだよ!」

彼は自分の顔の上にのしかかるように見下ろしている妹のきょとんとした目をみて叫んだ。

「ロキ、教えろって言った。できたら、すぐ。」

そのままの姿勢、格好で、妹は兄に抑揚の無い例の口調で告げた。

起き上がった兄はぜんまい式の置き時計を見つめた。

朝の3時。

欠伸とため息を同時に吐き出しながら、寝床からおり、いつもの服に着替えると、暗い階段を降り、これまた洞穴のような厨房を抜けると奥の作業場へと足を踏み入れた。

半地下式の部屋の電源を入れる。裸電球が灯った。


作業台の上には、不可思議な物体が2組載せられていた。

両方とも、ふた抱えもあるほどの大きな球体。色は灰色の粘土のような表面。そして、丁度最近この国で盛んになった球技で使われるボールの表面のような継ぎ目の溝が見える。

継ぎ目で分けられた各々の粘土の切片には中央に一つづつ黒い塊が刺さり、その天辺からは紅白青黄のリード線が延び、まとめられて、すべてその球体の土台である金属製のバイブ構造の下にあるこれまた真っ黒く、鈍く光る鉄の箱に空いた穴に吸い込まれている。


「これが、そうなのか?」

兄妹のうしろから声がした。振り向くと、そこには、店の女オーナーと職人が立っていた。

妹はこっくりうなずく。

「よく判らないけど、新型の機雷、じゃないわよね?」

機雷にしては不可思議な形。

「爆風は外には向いてない。」妹が言った。

「これはあくまで、依頼されたものを作ったまで。爆薬は有機系の薬品に酸を反応させたもの。この間列車で使い、先週王国のエージェントに卸したものよりも純度も含めて強力。通常のものにくらべて轟爆力はほぼ5倍。これをこの粘土のような決着剤の裏側の鋼鉄製の反射板によって、爆破のエネルギーがすべてこの球の中心に集中するように作った。点火0.2秒後に…」

「あ、あ。わかったよ。うん。」兄があわててさえぎった。

「依頼だとこの中にすっぽり納まる球があるらしいんだ。それを急激に圧縮させて新しい合金を作るとか何とか言ってたよ。」

「何かを破壊する、と言う用途ではなさそうね。でもそれにしては、爆薬が強力すぎる。ニアが聞いた通りとしてはねえ。」妹のほうを女主人は見る。

「実験はしてないが、スペック的には問題ないはず。爆薬自体は爆破実験の実績もある。」

「いや、俺が気にしてるのは、こいつの注文主のことさ。」

あごの髭をさすりながら職人はつぶやくように言った。

「日にちはたがえども、ほぼおんなじスペックのしろものを、まったく2つの方向から注文てえのが、どうもひっかかっててな。」

「片方は、アレフの線から来た。これは帝国政府の線。もう一つの線がねえ。」

女主人が考え込む。

「先週も来た王国の情報部の女だね、この注文を持ち込んできたのは。最初はどうも垢抜けなくて、外地に潜るタイプには不向きだから、子供使い代わりかと思ったんだけど、そうじゃない。」

女主人にとって、相手の人相風体、バックも大事だが、まず、持ち込んできた話で大概の相手を読み取るのは簡単だった。話の最中のほんの些細な振る舞い、表情が相手の語られざる何かを雄弁に語る、というのが彼女の信条だ。同じ依頼がバッティングするが、断るべきではない。彼女はそう判断した。

当然帝國軍には相談した。返ってきた答えは、そのまま依頼主に沿うようにせよ、だった。ただし、そのとき、ほんのピンの引っかかりのような違和感があった。話をした軍のエージェントも、自分のなした依頼についてはあまり情報を渡されていなかったらしい。


結局、しかし、彼らはそのまったく重複する2つのオーダーをこなし、両方ともそれぞれ引き渡すことにした。やはり、なんでもこなせる、という評判は貴重である。それに、双方とも注文代金はバカにならなかった。手付けです、といって王国側の女が置いていった額もこの手の仕事にしては異例な金額だった。


「あのさ、」少年のほうが少しおずおずと聞いた。

「ちょっと提案なんだけどさ、これを3組作って、1組持っておくってのはどうかな。」

女の眉が曇るのを見て少年は口をにごらせた。

「いや、いいかもしれん。」職人が口を開いた。

「今のところこいつを作れるのはニアだけだ。つまり、どちらかが都合が悪くなったとしたら、真っ先に狙われるのはお前ら兄妹だ。」

「だったら余計危ないじゃないか、そんなもの。」

「だから、あることをかぎつける形に両方に情報を流せばいいんだ。そうすれば、いずれにせよ、反対側はそれを阻止に動くに違いない。どうせうまくいくような物なら、次の発注、ついでに改良がってことにもなるんじゃないかい。」

「最大の技術情報は、爆破切片を均等かつ完全な球体に並べること、そして、電気式信管をほとんどコンマ8桁近い時差でほとんど同時に作動させる回路の設計。このノウハウを帝國も王国もまだつかんでいない。」

「なるほど、いずれのせよあんたたちがいないと困ると。」

兄はうなずいた。

「なら、少し、工期を延ばしたことにしよう。アレフもあの王国女も足止めしとかないと。」

女主人は、しかし、得心の行かぬ顔を背けた。



少し、彼方から明かりの気配がしてきた。

「狙われるね、これから。」

「狙われるね、皆から」

二人は向き合い、お互いの手をとりながら言い合った。

「でも、このまま言われるままにニコニコ仕事をしていたら、ますます大変だよ。」

「うん。」

「不安かい?」

「少し。」

夜明け前の冷えた空気が二人の頬をなぶっていく。

「ニア、兄さんを信じてくれ。必ずお前を守る。」

「…!」

「とにかく、これからは僕の行ったとおりにしてくれ。そうすれば必ず生き延びることが出来る。」

「大丈夫。かならずロキのためになんでもするわ。」

兄が暗がりの中で微笑んだのがわかった。

妹の両の目がじっと見つめているのは痛いほどわかった。


二人の上を夜が遠ざかりつつあった。


窓から見つめる二組の目。

「あの方の考えなんでしょうけど、よく判らないことがあるわ。」



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