葬列
その生まれと生前の身分から見れば追悼式そのものはいたって簡素だった。
それでも、列席者の数はたいへんなものだった。生前、故人が関った人がいかに多かったかが伺われた。
そんなわけで、最も大きな聖堂で粛々と執り行われた儀式は、大勢の見守る中、しかしほとんどしわぶき一つ立たないと言う不思議なものであった。
聖堂の正門の前には車寄せにも使える狭からぬ広間があった。内部は報道陣からシャットアウト、そして、一定の間隔をおいて警察によって封鎖されていた。まだまだ事件の余熱は世間に満ち溢れている。不測の事態は常に恐れねばならない。
鐘がここでの儀式の終了を告げていた。すると、思い鋳鉄製の扉が開き、参列者たちがぞろぞろと涌いて出てきた。
ここで椿事が起こった。制服警官の人垣で止められていた報道陣の一部がかいくぐるように、参列者たちのもとに走ったのだ。
だが、大半がなにごとかをまくし立てようとする刹那、私服、制服、様ような官憲に取り押さえられ、また人垣の向こうに押しやられた。
男は自分の車に近づこうとしたとき、視線を感じて振り返った。
その人物を見て目をすぼめた。
「ずいぶんうまくもぐりこんだもんだ。」
「いえ、私も正式な参列者の1人ですよ。」
にび色の礼装に身を包んだ男は微笑んだ。
「ここで話すことなんか無い。無駄だよ。それに」
相手の目を見ながら言った。
「私はもうただの一市民にすぎない。値打ちの目減りした先祖の財産が明日はいくらで売れるか気をもむ田舎の斜陽紳士だよ。」
「愛していらっしゃった。そうですね?」
男は相手に目を眇めた。だが、すぐに目元をもとにもどす。相手は少し驚いた。あれだけの感情と理性の相克に一瞬のうちに折り合いをつけさせてしまった。天賦と訓練、双方よほどなければできない。
まだまだこの人は…。
「愛というべきか。定義が難しいな。ただ、かつて好意をもったのは確かだよ。」
もう失礼するよ、と言うと、かつての大官は専用車の後席に乗り込んだ。いつもいつも付き添う目立たぬ運転手がドアをしめ、彼に一瞬会釈を送り、そして前席に乗り込んだ。
見送った男はもう次の目当てを見つけ出した。
彼と同じにび色ながら、清楚さを感じさせる喪服を着た若い女。そして彼女に付き添われるように歩く10代の少年少女。男のほうが少し大きそうだ。
「埋葬まで立ち会うの?」
「いえ…。あちらはごく限られた人しか参列しませんから。」
「君は…どうするつもりなんだい?」
「この子達を送り届けてから帰郷します。」
少年のほうに目をやり男は尋ねる。
「いいのかい?」
意外なことに少女のほうが口を開いた。
「いいんです。兄は自分が死ぬまで一緒にいてくれると約束しました…」
「自分から言ったんです。蘇生までにしてくれ、転生は要らないと。」
兄が目を伏せながらぼそりと言った。
「私が帰郷してからならいつでもいらしてください。しばらくは乏しいながら父の遺産の整理で家にいますから。」
女は凛とした口調で言った。
男は少し観念した。だが、どうしても聞かねばならないことがあった。
「君に…君たちにとって、あの人はどんな存在?」
「忠誠の対象でした、以前は。今もそれはあります。でも、1人の女性として尊敬もしていました。」
「…でも、憎んでいました。そう、殺したいほどに。」
3つの人影はそれを最後に彼から遠ざかる。
3人目の少し年かさの男は待ってましたとばかりに彼にしゃべり始めた。
いわく、生まれ故郷を裏切った売国奴、他国に嫁したとはいえ、その地で弑逆を犯した国事犯、多数の人々の命を刈り取った血塗れた魔女。
「本来なら、こんなセレモニーなぞ。わが弱腰政府めが軟弱外交に屈しおって…」
宿に帰って窮屈な上着を放り出す。
少し椅子でぐったりしたあとで男はタイプライターに向かった。
報道管制も逆宣伝も盛んであり、なによりも大衆はわかりやすい物語にとびつく。今書こうとしている記事がそのまま没にならない可能性はほぼなかった。しかし書かざるをえない、そう思った。
まずは、新聞の見出しだけで世界がわかった気になれるおめでたい大多数用に耳障りの良いテキストを、しかし、胸の疼きを押し殺して打ち終わる。嫌なことでも目を瞑ってやれば意外と早く片付くものである。
次に取り掛かるのは、まず、一杯が必要だった。いつどこでも、戦場でも手放さないアルミのキャンティから琥珀色の液体をコップに注ぐ。
こんどの執筆は徹夜を覚悟せねばならないことに気がついていた。