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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode B
96/111

92


連れて行かれたのはパスタ屋で、

ピザなどもあるイタリアン。

「ここは気に入ってるんだ。なにより品揃えがいい」

男は先立って歩むと店に入りながら言い、振り返って僕らを中へと促した。


「さっきの話の続きだけどな…」

まっすぐ入って正面奥の四人がけのテーブル席。

僕とユーコは並んで座り、正面に構えるように男が座る。

注文を終えると、男は急に語りだす。

「ここのメニューをよく見たか?パスタの種類が豊富だったろう」

「別に普通だと思うけど」

ぶっきらぼうに僕は答える。

「どれだって似たようなもんだし」

僕の適当な言葉に男は大げさに何度か頷いた。

「まさにそのとおりだ。なんだ、わかってるじゃないか」

「なんのことですか?」

ユーコが会話の流れに釣られたように問い、少々言葉使いを改めていてなんだか癪に障った。

「フェットチーネという平打ち麺がある。だがこれはピカッジェ、ラザニェッテ、ロザンゲなどという呼び名もあり、ものとして一緒だ。じゃあどうして名前が違うのか?それは作られた地方が違うからだ。逆に言えば、それだけの違いしかない」

「あーはいはい、そうですか」

そうした会話は僕にとって無為で、邪険な反応は意識的にも無意識にも男を警戒している表れだった。けれど実際、男のパスタ話なんかにはさほど興味もなかったためでもある。

まあそれでも、飯を奢ってくれると言うなら、その恩恵を無駄にすることもないだろう。

心中では、「さっさと喰っておごってもらい、すぐ通報を」。

そんな風に思ってた。

しかしユーコのほうは妙に乗り気で会話に頓着し始め、こいつの悪いとこが出たな、と横目に思う。

「どういう意味ですか?」

「さっきの話の答えそのものさ。たとえ、同じもの(・・・・)であろうと、その名前が違ったら(・・・・・・・・・)違うものだと感じてしまう。俺たちはこのパスタみたいなもんだってことだよ」

「ふーん」

聞き耳を立てぬつもりであっても会話は当然耳に入り、極力関与を示さぬ意思をこうした声に出しては反抗する。

「魂、ってことですか?」

次にはユーコがこんなことを言い出した。

それも真剣な表情で。

僕は復讐のチャンスを思いがけず得ると、ここぞとばかりに「魂ぃ?」と噴出し、ゲラゲラ笑い出す算段をすぐにとりつけた。けれど男は黙り込み、重苦しいこの雰囲気がそれを未遂に取り留めた。


「ああ、まさにそのとおりだ」

男は低い声で、憤る様子もなく平坦な口調で言う。

「お前たちは”死”と言う存在を知っているか?」

男から出た次の問いに、僕とユーコは顔を見合わせた。

今度は二人して噴出しそうになる。

それを堪えられたのは、獣顔とした男の真剣な表情はもとより、その真摯たる目つきからだった。

「当然知ってる。というか馬鹿にしてます?そんなの、四歳児だってきっと知ってます」

「ほう」

ユーコの言葉に男は背もたれに体重をかけるようにふんぞり返り、感慨深そうに呟いた。

「では、死とは如何なるものか、ご教授ねがおうか」

「死は死ぬことよ。つまり生命活動を終えること。これが答え。どう?満足した?」

ユーコの言葉に男はゆっくり首を横に振る。

「いいや。そもそもそれは本当に語るべき死なのか?」

「何が言いたいの?」

ユーコは前のめりとなって挑発的に問い、男は態度を改めない。

「死後の世界はあると思うか?」

次の問いに、僕もユーコも動揺した。それを顕著に示すようにユーコは口を閉ざし、助け舟を待つように僕のほうをじぃと見つめてきた。

「はっきりとはわからないけど、多分ないんじゃない」

重々しい雰囲気にかまわず僕は自分としてのライトな意見を遠慮せずに言う。

「なぜそう思う?」

「なんとなく」

「なんとなく?ふふ…」

男の口元が緩むと、次には声をあげて笑った。

少々小ばかにされた様子でいい気分ではなく、

「だって、知りようのないことじゃないか!」

と反論。すると相手は即座に嘲笑を止め、目元は緩めたまま。

「確かにそうだ。この質問自体、死と言う存在を把握していないのに問うこと自体がナンセンスだからな。まるでカレーの存在そのものをまったく知らない部族の輩に対し、カレーは何でできているのか?と問うようなものだ」

そういって男は自分で笑った。

「じゃあ、どうしてそんな質問を?」

ユーコの問いに男は笑みを返上し、牙を見せるように大きく口を開いた。

「死後の世界を観測できていないから、死後の世界をないと思う。至極、尤もだ。だがここで問うが、ではお前は死人に「死んだのか?」と訊ねて答えを得たことがあるか?」

「あるわけないでしょ」

ユーコは相手をまじまじと見ながら答える。それは相手の言葉が至って異常であると発言するのと同様に。

「それはすなわち、死んだものから死んだことを確認できていないのだから、そこに死がある可能性も当然であるとは考えられない、のではないか?」

「えっ?えっとそれは…」

戸惑うユーコを横目に、僕は密かに憤慨し始めていた。その言動が死を冒涜しているように感じたからだ。

「詭弁だ、そんなのは」

「確かに。それはただの言葉遊びに過ぎん。人間は生命活動の停止をした状態を便宜上に死と呼んでいるに過ぎない。なぜならそれ以上のことを把握していないのだからな。しかしそれは…」

男が言葉を続けようとしたときに、注文した料理が運ばれてきた。店員は一度も男に眼をやらず、怯えているようには見えなかったが、それでも不自然なほど堂々としていた。

「…話は後だ。冷める前に喰ってしまおう」

男はその人間ならぬ顔で尤もなことを言い、僕らは頷いた。



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