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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode B
92/111

88


雑多な木々の間を進むと、微かに人の気配を感じて足を止めた。

呼吸するのを忘れたように息を潜めて慎重に、足音を立てないように進む。

カサ、とした音はユーコの靴が落ち葉を踏んだ音。いいや実際には僕が踏んだのかもしれないが、とにかくどちらかが乾燥しきった葉を踏むとそれは音を立て、揺らいでいた人影は動きを止めた。

好奇心が沸き立ち、気づかれたなら仕方ないなと妙に躍起となって視界をさえぎる枝を手で払い、まっすぐ前方に視線を向ける。距離を僅かに隔てたところに男のような姿。誰か居り、ちょうど片膝と片手を地面に着けて屈んで居た。

そいつはこちらの視線に気づいた様子で顔を上げ、細く鋭い目玉が向けられるとすぐさま僕と目が合い、次に無言で立ち上がった。数歩、容赦なく近づいてくると目の前に立ち、大柄で屈強な巨体が僕たちを出迎えた。


「な?だ、だれ?っていうか、何だよお前!?」

そこに居る男が普通ではないことだけはすぐに分かって、僕の呂律を惑わせた。

異常性を一目で理解、という事はつまり内面に関するものじゃない。

見た目からしてヤバイやつだったのだ。

コートを着込んで肌を見せず、見下すように顔の位置は高い。

僕たちのつむじさえ見えているのではないか?とさえ思わせるほどには。

そいつはその鋭く奇妙な目を僕ら二人に向け続け、いざ目の前に前にまで来ると微笑むわけでもなく、スッと右手ひとつを動かし自分の口元に持っていく。

それから人差し指一本をぴんと伸ばして唇に当て、真っ直ぐ立てて見せる。


「見たことは誰にも言わないように」


その顔と相反するように声は迫力を伴わず、まるでオウムが喋るような奇妙な声。

途端、気張った情緒が緩んでしまう。

「なんでだよ!?」

と両義的な言葉が僕の口から先走り、

「…変な声」

横でユーコが呟いた。

その男<おそらく>は、やれやれ面倒だな、と言わんばかりに今度はその右手を頭部に持っていき、髪の毛あたりを数度、掻いたように見えた。


「まったく…これでどうだ?」


すると次に聞かせる男の声は威厳を示すには十分で、警戒して発する猛獣類の唸りに似ていた。

首を縦に振ることを強制されたように、僕らはただ頷いた。


「あの…あなたって人間?」

ユーコが突如にして質問しだして、僕は思わずこいつのほうを見た。

ちょっ!?デリケートなことはもっと慎重に訊けよ!!

等と思いながらも僕も同様のことをずっと思い続けていたのは事実であり、だってその顔!

明らかに人間じゃない。

というか虎!?豹!?ジャガー!?

正確には分からないが、人間じゃないのは確かで、しかし体格は人間と同様。

二本足で立って、背筋はまっすぐに伸びており、手には肉球が…としたところまではブーツを履き手袋をつけているので分からない。


「…そのようなものだ」

そいつは答えた。別段、威嚇する様子もなく。

「じゃあそれって、お面なの?」

するとユーコも怯む様子なく、質問を続ける。

僕はそうした軽薄さにハラハラしながら、というのは相手が口を開いて喋る際には牙がいくつも覗いてみていたからに他ならない。

「…まあ、そんなものだ」

だからこそ、こうした返事をその屈強かつ惨忍さをかもした顔から言われると、僕はそれがジョークでないことを願うのだ。

「もしかしてロボット?」

「いいや違う」

「人間?」

ユーコの詰問に窮したように、そいつはつかの間、言葉を詰まらせた。

「…では人間とは何だ?」

男は怯む様子のない声で言い、一定な声音は表情に乏しく「もしかして怒っている?」と判断しても審査するのは難しい。だから願わくば僕の思い込みであるのが望ましく、睨むよう向けられた目玉は元々こうした目付きだと言ってくれれば助かるのだけど。


「あなた、なんかめんどくさいわね」

なんてユーコが横で急に言い出すものだから、心臓がきゅっと窄まって感じた。

それを聞いて、男は返事をしない。

ただじっとユーコのほうを見据えており、次の言葉を待っているようだった。

するとそれを察したようでユーコは「はあ、まったくもう、めんどうだって言ってること分かってる?」と言わんばかりに肩で呼吸し息を吐き出すと、若干目を閉じ、軽く頷き目を開くと語りだした。


「それは、人間の言葉を理解して流暢に喋れながらも、人間とは何だ(・・・・・・)?なんて、いちいち訊いてこないやつのことよ」


相手は思いがけない言葉を聞いて驚いたように、上半身を一瞬少し反らした。

その後すぐに体勢を戻すと無言で、地面のほうばかりを向いており、それから微かに肩が揺れ始めた。

おいおい、ユーコの皮肉に怒ってんじゃねえのか?

なんて思えて僕が身構えようとした時、


「…プッ、ぶわっはっはっは」


とそいつは豪快に笑い始めた。

「ああ、確かに、それは尤もな答えだな」

男は低い声のままで言い、

「でしょ!」

とユーコも得意げになって答える。

「何なんだよその会話!?」

思わず横槍を入れると、二人はまるで友人同士で冗談を言い合ったような雰囲気。敵意のある視線はなく、次にはただ無害な二つの視線が僕に注いで感じた。


「では次にお前へ訊くが、人間でないとしたら、何であると思う?」

そいつは無害であろうと獰猛な目を僕に向け、答えを求めてくる。

ここでなんと返事するのが適切か?

途端、頭の中では二つの答えが浮かび、どっちを言う?と選択肢を僕に強要する。

1.「ずばり、宇宙人でしょう!」

2.「知らねえよ。自分で考えな、妙な顔つけた変質者野郎!」


…仮に、実際に宇宙人、といって頷かれても困るのは明白で、かといって首を横に振ったら不正解。妙に悔しく負けず嫌いの気性をこう想定した時点で想起するのだから揺るぎない。

じゃあ1はなしだ。

といっても2は問題外。とすれば…

答えは沈黙。

そう言わんばかりに黙り込んでいれば「早く答えなさいよ」とユーコが促し、表情はニヤついている。

くそ、こいつクイズを楽しんでやがる。

「沈黙が答え」なんていった時点でそれは答えでなくなり、閉じた口を指そうがこいつには伝わるまい。かといって向こうの男にも伝わるように思えない。

「もう、どうしたのよ」

男のほうに注視しているちょうどそのとき、背中を軽くユーコに叩かれ、僕は驚き動転してしまって、次には腹立ちが何より勝り、「沈黙が答えだから!」ともう言葉に出してやろうと喋ったのだけど、咽るように言葉がつっかえて出始めに声量が伴わず、

「…から!」

と言わんとした言葉の語尾ばかりが強調されて口から出ていた。

「から?」

僕の発した言葉にユーコは首をかしげ、「だからそれは」と説明しようとしたとき、

「ああ、正解だ」

と前に立つ男が言った。



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