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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A -3
86/111

86



犯罪行為=反社会的行為。

豹の顔をした男の行為は、秩序を壊すために働き始めており、始動してすでに二週間以上が経とうとしていた。行動はこの街としての体系を崩すためではなく、あくまでそれに従属するものたちへの行為としての意思。

しかし博士は楽しんでいるだった。

その”自作自演” 的な ”テロ” としての行為を。


ただ例の厄介者の正体こそ教えてくれなく、


”あのへんてこなやつは一体何なんですか?”


とメッセージを送れば、


”それはキャット・ウルフだよ、名付け親さん!”


と帰ってくる始末。


そのとき私は随分と以前の世紀において、

どうして連絡のやり取りを紙媒体で行っていたか?

を知ることになった。

だって、これがもし紙での連絡ならば、私は即座にその紙を思い切りまるめ、その憤りをぶつけることができたのだから!


それでも私はそこに妙な違和感を、まるでサイズをごまかされた靴を履き続けるような屈託のない違和を感じ続けていた。

それは”キャットウルフ”と名付けられ、存在するようになったひとつの存在に対してであり、もし彼が、その独自性を貫くために、与えられた名前を拒みさえすれば、それこそようやく、ひとつの固体としての存在が現れるように思えていたから。

けれどそれはまた一種の誤謬が、彼がそうした共通的な名前としての名称を得たから個としての存在が成り立ち、けれどそれは同時に、その認識される瞬間からそれは帰属してしまい、没個性とも成り得る。

もし意図として、彼の存在を革命的象徴、つまり変革をもたらすものとしての行動体系としてのひとつとして出現させたのだとすれば、それは個性的であるべき(・・・・・・・・)ではないかと思う。

確かに彼は、一般的な教義としての個性を見せていた。

厚手のコートで身元を明かさず、人間ならぬ顔に示す匿名性。

そこにおそらくかれらは、独自性を感じ、溢れる己の感情に従順ととなるのかもれない。

しかしあの存在は個性を得ようと名前を得た瞬間に、彼は個性を失う。

彼は着飾った神秘性を得た瞬間に、神秘を失う。

彼は、その姿を前々世紀、脈々と受け継がれる無意識的な像、象徴としての隠れざる英雄(ヒーロー)としての役割を背負ってのその外観、行動は、彼が沿うと示した時点で、それはもはやその意味を打ち消だろう。彼がまったくの個性を発揮したとして、それを個性と認識(・・・・・)されずとも(・・・・・)、それは個性となるのだろうか(・・・・・・・・・)

…ならない。

私はならないと考えてしまった。

だからこそ、私はあの稚拙な大根役者のような、マッチポンプ的な行動にどこか嫌気を感じ、厭世の風情を漂わせて蔑視していた自分に気づく。

もし彼が、真の意味での、言葉としても便宜上的にも独立した個性を(・・・・・・・)得たとして(・・・・・)、その瞬間には「個性(・・)は意味を成さない(・・・・・・・)だろうから。


それでも彼は行動を止めない。

連日連夜。

陳腐なテロ行為(しかしそれは死傷者(・・・)こそ出さなかったが、軽微な怪我人は出した)は続き、それでも彼を捕まえることには至らず署内の嘆きはもはや全体として嘲笑。

そうした雰囲気さえも漂わせていき、

「あいつを観光名物にでもすればいいんじゃないのか?」

なんて、声を一介のロビーで耳に入れたほど。

むしろ途中からは思考を変え、というか、街全体に少々の変化が現れ始めた。

それは薄っすらと少しずつ、しかし確実に。

まるで、ひとつの曇った雲が連なり組合を形成し空全体へ広がり雨を降らせるように。





非番で休日ながらも予定表は空字で埋り、朝に目覚めたのは空腹を感じてのことだった。

何も食べたくない。そうした特有の不精性が昨夜には顔を出して私の行為を限定し、僅かな飲酒においても寝落ちてしまったのは、疲労のせいと思いたい。

しかし七時間ほどの睡眠で自然と目が覚めた事実は自分を習慣の奴隷と位置づけ、それでもココアの香りに敏感となるような空腹感は悪い気分じゃなかった。


近所のカフェへは徒歩で数分でつく距離。朝食をそこでと決めて向う。

外に出れば僅かにも人工日光が差し込むと、うっすら茂る朝靄と競合し一寸先の地面を琥珀色に輝かせていた。外気は肌身を晒す事に嫌悪させない適温を保ち、心地のよさにまどろむ合間にカフェへ到着。テラス席は端のひとつだけ空いており、選択の余地なくそこに腰掛けた。

すぐに珈琲とハムチーズポテトサンドの挟まったホットサンドを注文すると、電話機能もついた端末を取り出し起動させてテーブルに置く。十センチほどのホログラムが立ち上がりアナウンサーの声が個人として設定してある振動値で流れ、読み上げるニュースの内容が立体映像として目の前に表示しされ始める。


「次のニュースは、全世界、各コロニーにおいても人気急上昇中!の5人組女の子鬱アイドル『シニタガール』の新曲、”まじで手首切る5秒前”のダブルミリオン達成の…」


おおよそ興味のない芸能ニュースに二度寝の概念を随分と時間差として思い出すと欠伸を催し、それをひとつ済ませ終える頃には注文の品が目の前に運び込まれ眠気を食欲に転化させた。

熱々のホットサンドは、とろけるチーズに混じるハムとポテトサラダの妙技に堪能していれば、既にニュースの話題は転々としており、全世界ニュースからローカルなコロニー内ニュースへと変わっていた。


「犯罪の発生が急上昇しており、警察としてはこの事態に…」

そうした音声と共に浮かび上がる立体像は小人の所長であり、人形のような所長は何度か頭を下げる仕草を見せた。

ほんのり気温の変化を感じて空を見上げると、牛乳色の空模様に変化していた。

そのとき不意に、向かいの席に誰かが座ってきた。断りもなく。

私の注視は次に、自然とそちらに注がれた。


そこには姉が座っていた。


その行動は私に、彼女がこのコロニーに、そして同じ職場で働いている、と知ったときと同様の驚きをもたらした。


「嫌な天気ね」

姉は一寸前に見せた、私の視線を追うようにチラッと一瞬それを見つめていった。

それから私に視線をよこすと、

「珈琲は美味しい?」

と訊いてきた。

その興味津々とする様子は幼少期の記憶を探ろうと合致する事はなく、ぎこちない微笑のような表情を私は返事として呈した。

相手はそれを意図したように「そう、良かった。可愛らしい服ね」と興味を見せず言い、注文した珈琲が来ると直接受け取り、啜るよう微かに音を立てて呑んだように見えた。


「どうしたの?」

相手は私の視線に気づくとカップを置き、記憶にある狡猾染みた目と共に声をかけてきた。

私は「…別に」と答えるのみで、

「いよいよね」

と姉は畳み掛けるように言った。

「…なんのこと?」

「ここも犯罪が横行し始めてるみたい」

姉は他人事のように、そして話を逸らすように言った。

「あなたはどう思っているの?」

虚をつかれたような質問に、私は一瞬ならずとも硬直した。

そのあとすぐに思考を見せようと、私は動揺を隠すようにただ偽りの態度を示して口を開く。

「た、大変だよね!なんでこんな事体になっちゃんだろう?その…お姉ちゃんは…どう思うの?」

私の口にした、こうした言葉の群は統制をしきれずに居り、その言葉尻の無秩序を読み取ったように、姉はこっそり、かすかに横顔を見せてその瞬間、口元が僅かに綻んだ。

それから首を翻すようにし、じっとこちらを見つめてくる。

「そうね…」

姉は口を開いた。

それから右肘をテーブルについて前屈みとなって、私との距離を狭めにらむ様に目を窄める。


「ねえ、虚妄的思考(パラロジカル)って知ってる?」

意外な言葉を耳にして咄嗟の反応。

「え?ええ、確か…」

虚妄的なことでしょ?

私は答えようとした。

その概念は一種の精神疾患として、昨今に認定されたひとつとして知っていた。

社会問題とさえなる勢いでニュース番組など各々のメディアにおいても既に取り上げられている概念、耳にする機会も何度かある言葉だった。

「じゃあ雛はこの病気のこと、どう思う?」

「どうって…」

私は無論、専門家ではない。

しかしそれは当然姉も既知していることであり、とすれば姉がここで私に求める答えとは?

言葉に臆し、返事を出せずにいると、相手はそれをなんともしないと示すようにカップを手に取りゆっくり一口、傾け飲んだように見えた。それからテーブルへと戻し、カチャンと微かに音を立てる陶器の軋む様な雑音は私を急かすようであり、浮ついた答えでいいから喋ろうと取りあえず口を開いた。

「あ、えっと…」

思うように言葉は続かず、連想ゲームを行うよう必死に単語の数珠繋ぎとしての言葉を捜していた。

「虚妄にとりつかれるなんて、まるでゲームみたいだね」

そんなお遊戯みたいなことを口走ってしまい後悔する前に、まるでカメレオンが保護色に変態して自分の身を守るように私はその言葉に上っ面である満面の笑顔を沿え、卑下する様に相手を見つめる眼は無為に鋭くしかしそれは鏡のようであって、私は自分を見ており自分を見つめているような錯覚、鏡像認識の出来ぬ生まれたての犬みたいに。その顔をただ唖然として見た。

姉は双子であることを誇示するように、その同じ髪型である髪の毛を軽く触り、額あたりに手を添えこう言った。

「幻覚もまた真実。誤りなのは幻覚を元に判断を下す。それだけよ」

私は聞き覚えのある言葉に一瞬、目の前がフラッシュバックを起こしたような眩暈に見舞われ、しかしすぐさまそうした情景は消し飛び、目の前に座る自分そっくりの姿を再び捉えていた。


「…お姉ちゃんはどうして此処に居るの?」

動揺した私は沸き立つ思念に抗えず、言葉が意思に先走った。

「んっ?」

相手は首を傾げてみせ、それから「ふふっ」と軽く声を出して笑った。

私の元へ来たのは(・・・・・・・・)雛のほうじゃない(・・・・・・・・)?」

言いながら見せた姉の無邪気な笑顔は、どうしてか私にはとても懐かしく思えた。





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