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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A -3
82/111

82


博士とは定期的に連絡をとり続けた。

渡された小型の端末を使用してメッセージのやり取りを繰り返し、それはおおよそが文章であり発話としてのコミュニケーションは成立しなかった。

けれどそのほうが都合よく、向こうは時間に関係なくメッセージを送りつけて来るのだから。

仕事中においてもそのメッセージの確認ぐらいは出来るが、それが会話となると無理であるのは当然として、不可解なメッセージである事も多々あったからだ。


事態が大きく動いたのは、私から認識して(・・・・・・・)、こちらに来てからおおよそ一年近く経ったころ。この世界に対しても随分と驚きをなくし、それを素直に喜べずとも、平穏とした欺瞞をようやく掴み始めたとき。


”明日、計画を実行するよ。”


メッセージはそれだけだった。

詳細は明かされず、こちらからメッセージを送ろうとも返事はない。

サプライズパーティでもやってくれるなら歓迎しよう。

そんな流暢な心境にありもちろん、あの人たちがそんな気の利いたことをしないのは十分承知している上で。あの猫も同行するなら尚更だ。

けれど私のこうした予想は当然はずれであり、実際、翌日からパーティーは始まったのだから。



「犯罪が発生?」


出勤し仕事場において、わが耳を疑ったのは初めてかもしれない。

そして、その耳を疑う言葉が仕事の依頼というのだから笑う以外にないだろう、実際には。けれど実際の瞬間には身を竦む思いに疎んじられ、私の意識はつまり孤立した。

いったい何が起こったの?

言い知れぬ不安が襲い、それはしかし行動に移すことで多少なりとも軽減しようとするのが唯一の策とも呼べるもので、レバー好きの私は苦肉の策などと言うつもりはない。


通報があった場所。

駆けつけた先は幹線道路の一角で、その中央付近。一台の大型車が煙を吹いて停まっており、濛々と立ち上る黒煙は天井にさえ届きそうであり、狼煙としての役割ならすでに結果を残したであろうと言えるほど。漏れ出たエネルギー源に関しては引火による爆発の可能性が示唆され、人に畏怖と硬直を与えるが、「危ない(・・・)ですから下がって!」と、先に駆けつけた警官がそう付近の決して多くないものたちを誘導している言葉を聞くと、私も一緒に退きたくなった。

尤も私には下がる先がなくて、後退する先がないので前戻り。自身の乗車してきた一台を辺りへと適当に停めると下車し、野太い声を出して誘導している警官の付近へ。

「それって、どうしたんですかぁ?」

まるで葉っぱにつくナメクジを指すみたいに、黒煙と豊かな芳香を嗅がせ始めた車を指して訊ねると、警官は「テロだ!」と言う。

「テロ?」

てへぺろ。なんて言葉が昔に流行ったと聞いた事がある。

それの派生語?なんて思うほどには平和ボケをしており、緩んでいるのは私のねじだけであってほしくない。けれどその願いは到底かなうわけもなく、かなったとして見分ける術はない。

「ああ、そうだ!これはテロであって間違いない!」と低い声での返事をもらうと、次には光の反射に照らせれて視界は維持を困難とし、光源を遮ろうと私たちは顔に手のひらを寄せた。

目を細め、目くらましの原因となった方角に視線を泳がせる。

数十メートル先、道路沿い。二階建の雑居ビル。屋上。地味な色をしたハット帽子を深くかぶりロングコートを羽織った者が居り、手鏡?のようなものか何かを右手に持ってこちら側に反射するよう傾けている。

一見しただけで分かるのはこのぐらい。情報に乏しく、何故ならその者はすぐ背を向け去って行ったから。視界に入ったのは数十秒で、あれがなにか?おそらくは自らの存在を誇示するためだけの意図的行為であり、確かに私、いや、居合わせたものたちはあれがこの犯人であると推測をした。理由は単純でありそして明白。

ほかに容疑者が居ないからだ。それは容疑者になり得るものも、として同じこと。

けれど後々の話では、あの光の反射はただの目くらましだけでなくメッセージも送っていたのだと言うのだが、共有認識不足であった私に分かるはずがない。


「何だ今のやつは?」

呆気に捕らえられたのが自分だけでないとは、遅れながら声高々に聞かせるこうした方々の言葉であって、私は無言を貫いた。遅れてやって来た消火班ならびにその他処理係が到着すると「あの車は任せていったん戻れ!」と言われて急いで署へ引き返す。すると既にほかの警官が状況、事情を説明しており、緊急対策本部が設置される流れであるのはまたも各々のささやきと、慌しい行動からすぐに知る事が出来た。

ただひとり呆然とせずぼぅと立ち尽くしていればポケットに振動。手元に取り出し小型端末はまだ微かに振動しており、メッセージの通知を有機体のように手厚く知らせた。


”どうだった?”


表示される一文、ひとつのメッセージのみですべてを理解し、私は笑気を抑えようと上歯で下唇を甘噛みする。それから横目に同僚たちの行動を眺め、会議を今にも始めんとしてデスクやら椅子を用意するものたちを無機質な態度で見続けた。

”やつらの事をじっくり観察しといてくれ頼むぞ”

その後に続いたこのメッセージに従う、というよりも、単純に興味があったからと言えるその視線。

彼らは概念でなく、本物としての犯罪、法律違反にどう対処をする?

それは実際、なかなかの見物で、その際の私は一介のスポーツ観戦者の気分から脱却し切れずに居り、ならばと飲食物もあれば尚良かっただろう。けれど実際、グラウンドに居りプレイをしていたのは私自身、と知る事になるのだけれど、それはまあ、それとて便宜上のもの。

そして役者足らずであったのだから、まだ出番して早い。

私は準主役、なんて謂れは良いかもしれないけれど、


”楽しんでいるようで何よりだ”


素敵なパーティーですね。

そうしたメッセージの返事は遅れて届き、形だけの期待はずれだった会議を終えた後で、ようやく届いてきた。結果として、所長を軸にたんなる決意表明。決起集会、とでもすれば表すに都合がいい。


「絶対に犯人を検挙する事!以上だ!!」

そんな言葉を最後の常套句として出せば、あとのものは頷いた。端の方に座っていた私もだけれど。

翌日からも、例の者がまたひとつ、ふたつと厄介ごとを引き起こし続ける。集会もパーティの乾杯の音頭としては悪くなかった。彼らはその間中、表情に曇りは見せなかった。もちろん晴れてもいない。

雨であった(・・・・・)、とすれば、おそらく一番正確な描写。

てるてる坊主みたいな、彼らはそんな顔をしていたのだから。



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