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今夜にも博士のもとを訪れ、部屋に案内されると
「コーヒーでいいかな?」
博士に訊かれ、私は肯定した。
すると私だけが部屋の中。
視線を移せば中央、テーブルの上には寸での先にちょこんと佇む猫。
「こんばんわ」
「よぉお」
猫は大きく欠伸しながら答える。
「で、どうだった?」
猫は好奇心を露に、表情に宿して訊いてくる。
私はあいまいに頷き、そして猫へと顔を寄せた。
「もらったコンタクトなんだけど、片方なくしちゃって…」
猫の耳もとへ手を添え、こっそり伝えると、
ええ!という風に目を見開き、耳をビクンと躍動させたが、次に目を細めじっと私の目を見つめる。
「片方だけじゃあ、うまく機能しなかったんじゃないの?」
「そうね」
私は素直に頷いた。
事実、片目ばかりではもう一方との差異において、すぐに気分は悪くなった。
もっとも、気分を害した理由はそれだけではなかった。
「けど、そんなことだろうと思ったよ。ほら」
猫は左手を水平に上げる。
それから顎を合図として上げ一瞬喉もとを見せ凝視すれば「どこ見てる」と注意してくる。
促されて左手の先を見れば、テーブルの隅、手のひらに納まるほどの小さな箱。
「あれは?」
「手にとって、確認すればいい」
チラッと視線を箱から周りに移す。
博士はコーヒーを入れに行ってまだ戻らず、足音、気配も感じられない。
「なくした、なんて言えば、あいつは五月蝿いぞ!」
猫が促す。
「いいの?」
「ああ。だから、用意しておいてやったのさ!」
「随分と用意がいいのね?」
「だろ?こう見えても心配性でね。いくつも可能性を用意しておくのが定石なんだ」
「それはそれは。でも、本当にいいの?」
「しつこいな。だったら、口やかましく言われるのを好む?」
「ありがたく頂きます」
私はその小箱を手にとって、開けてみると確かにレンズが二個。専用のケースらしく均等に幅を隔てて、一対のコンタクトレンズが入っている。
「おまたせ~」
急なタイミングで後ろのドアが開き、反射的にその箱をポケットへ。
振り返ると、お盆を手に博士。
「どうかした?」
「い、いえ別に」
ごまかすように、私の手は猫の額に乗っており、撫でるように動かす。
猫は無言で、ただじっと見つめられる視線ばかりを感じた。
「ふーん、まあいいいや。はいこれ」
そうしてコーヒーを渡され「ど、どうも」と返し、相手は頷き満足そうに目を細めた。
それから回り込んで向かい側に立ち、ティーカップをテーブルに置いてそこの席に座り、ずずっと啜る音。
すぐ口を離してカップをテーブルへ。戻してカチャッとする微音を響かせた。
「座ったら?」
言われて突っ立ていることを思い出したように意識し、向かいの席に着く。
「それで、どうだっ…」
「やります!私、協力します!」
博士が話を切り出そうとする手前、私は言い切った。
そもそもこれを告げるために今夜はここに来たのであり、覚悟はできていた。
相手は数秒、口を開いてそのままで居り、数秒後、思い出したように言葉を出す。
「驚いたな。まさか即断とはね。それとも…」
「ええ、はい、そうです。まさに騙されました。それこそ、思うが侭に、です」
「それはぼくにかい?それとも…」
「両方。とでも、今は答えておきます」
「…そうかい。まあいいや。それより、その返事でいいんだね?」
私はできるだけ力強く頷いて見せた。
ほんとうに?
との問いにも同様の対応。
「それはよかった。それにタイミングとしても、実に好ましい」
「どういう意味ですか?」
「ん?ああ、そうだった。まだ言ってなかったね」
?を浮かべていれば、相手は満足げな笑みを表情として見繕う。
「コロニー2145へ行ってもらう。もちろんきみにだ」