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左目に映る私の世界。 | 右目に映る私の世界。
外はぼんやりした曇り空で、 | 外はぼんやりした曇り空で、
もどかしい空色。 | もどかしい空色。
いつもどおり階段で降りて行き、 | いつもどおり階段で降りて行き、
そこから駅までは徒歩で五分と近い。| そこから駅までは徒歩で五分と近い。
前方、背広姿の一人の男性が歩いてい| 前方、背広姿の一人の男性が歩いてい
る。彼は紺のブレザーに黒の革靴。 | る。彼は紺のブレザーに黒の革靴。
黒のビジネスバッグを右手に持ち、 | 黒のビジネスバッグを右手に持ち、
のろのろと歩いている。 | のろのろと歩いている。
そのペースに合わせていれば遅刻の | そのペースに合わせていれば遅刻の
可能性もあって、私は横を追い抜いた| 可能性もあって、私は横を追い抜いた
。そのさなか、相手の顔をチラリと、| 。そのさなか、相手の顔をチラリと、
横目に眺めた。 | 横目に眺めた。
|
黒の髪の毛は七三に分けられ、黒縁 | 髪の毛はなく、目玉は真っ赤。
眼鏡をかけており、楕円形の口の | こめかみの両側に赤い点の印があり、
形は薄い唇があり、頬にある皺が | 顔には何もないどころか鼻の突起
四十代を思わせる顔の造詣。 | すらない。
| そこに顔の造詣はなく、
| のっぺりとした平面状に点がいくつか。
私は思わず立ち止まった。
俯くように頭を下げ、自分の足元を見入った。
それから今度、目を閉じて自分のこめかみを押さえた。
いったい、今のは何!?
無意識に鼓動が荒くなる。
目を開けた。
コンクリートの地面。なんら違和はない。
平常どおりの、人工物としての道。その歩道を今、歩いているのだから当然だ。
私は、先ほど見た光景を、嘘とは思えない。
幻覚?
それも一種の可能性であり、何より困惑したのは、左右の目が別々の光景を見せること。
すぐに冷静となるのは無理強いしようが厳しいものがあった。
けれどその原因を特定するのに労力は要さない。
どう考えても、それは譲り受けた例のコンタクトの影響。
それに違いなく、むしろそれ以外の可能性は浮かばない。
けれど、重要な問題はそこではない。
問題は、私の右目が見たのは、何か?ということだ。
それは一見して、人間、いいや、生物とさえ捉えがたい外見であり、
有機物としての要素を持ちえようとも、それは本能として同種の生き物であるということを否定した。
しかし先ほどの光景が幻覚、
寝不足による、疲労による、妄想による…その他における、そう!その他の可能性とて、多々あるのだ!
それこそ、私の摂取物ならびに外部環境からの影響さえ思惟すれば示唆され、それこそ、純粋に私の目玉が捉えたもの!とするのは尚早であると気づくとハッとした。だからこそ、再び顔を上げることを厭わず、前を向き、この世界と向き合うことにしたのだ。
このままでは遅刻確定である。
そうした現実感も失わず、だからこそこの両目を開け、再び歩き始めた。
いつもの道を。