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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A -2
71/111

71


唖然とするような私の顔を見ながら、猫は歩み寄ってきた。

私はそれを見つめながら、不意に声を出した。

「…分けがわからない。もうすべてデタラメを言っているとしか…」

「まだ、そう思うかい?」

横耳に入る博士の声。

「…はい」

声に対して、近寄る猫を眺めながら答える。

「さっきの話だって、その…有とか無とかだって、何の関係があるんですか!?」

「それはいずれわかるさ。きみ自身によってね。それよりも、次に重要なのは、”善”とする概念についてだ。これを知っておいてもらわないと、また後々に厄介だからね」

「どうしてですか?」

「きみが迷ったときの足枷になってしまう。そうした障害は、ひとつでも少ないほうがいい。さて、ここでぼくの疑問に答えてくれたら助かる。もし”善”が正しい、それを”生としての正”とするならば、どうしてあのような略奪、つまりは対立と成す”悪”としての”命を奪うこと”を行わせると思う?むろん、これは、そのことを目的として入力したであろうそれに対しての…」

疑問だよ。という声は、猫の声に重ねられて薄っすらのみ聞こえた。

「すべての人間が、その基を善に帰している、というのが、そもそもの誤りなんだよ」

猫は立ち止まって寸での先。両手をそろえて佇み、言う。

「ここでその例として、”イギリス人の舌”と言うパラドクスを紹介すれば、うん、きっといいだろう!」

「なにそれ?」

聞いたことがないけれど?そう促す前に猫は行為し、語りだす。

「だろうね。なんたって、オリジナルとして作った言葉なのだから!」

開発者だよ、とでも言わんばかりで猫は得意げに言う。

「いいかい、このパラドクスは単純だよ。要するに、

イギリス人はまずい(・・・・・・・・)料理を作るのに(・・・・・・・)、どうして、その料理を(・・・・・)まずい(・・・)!』と思える舌を持っているか(・・・・・・・・)?”

と言うことさ。だってそうだろう?意図してひとは、まずいものを作ろうと思うかい?それこそ君たちの言うところの善のようなものさ。食うのだったら、うまいものの方がいい。これほど自明なものが、この世に存在するかい!」

「でもそれは…」

社会情勢や経済環境におけることにその要因、そしてそれは別に好んだ末の結論ではなく寧ろ苦渋の選択。その結果の料理であるとの思惟は可能であり、

さらに、価値観によっても「おいしい」の概念は変わる。

そう反駁する前、猫はいとおしく笑うのだから、口を閉ざしてしまった。つい。

「つまりこの”イギリス人の舌”パラドクスは、すべからず、”みんながみんな、善をはなからめざしているとは限らない”。そう言っているのさ!」

「まるで性悪説の根源みたいな話ね」

それを冗談とみなしてこっちも懐柔されたように、思わず頬を緩ませながら言った。

「でもまあ、博士にしろ、あなたにしろ、論理的な話とは言えないけれどね」

私のこうしたひっそりとした独り言は、しっかりと博士に拾われており、

「なるほど」

とする、彼の独り言を返事として受け取った。

思わず見つめ返すと、相手もこちらを見ており、目があった。

別に憤慨する様子でもなく、寧ろ快いと言った表情。

「それでいいのさ」

その言葉に捉われ、「どういうことですか?」と釣られるように、思わず問い返してしまった。

相手はゆっくり笑いながら答える。

「確かにぼくの発言したことは、前提にしろ結論にしろ、脈略もまるで嵐のあとで急遽できた渓流のようにでたらめだ。けれどね、それでいい。その状態こそ好ましい。ひとえに言うのなら脱却であり、そしてこう付け加えよう。

すなわち、”論理的なこと”(・・・・・・)を”論理的である”(・・・・・・)と、証明する手段が在りようか?」

「それこそ論理的に…」

「それは人が己の力のみでつむじを見れないのと同じさ。論理的に、論理自体を(・・・・・)みることなどはできやしない。それは、方法論の手段として、「確立されたもの(・・・・・・・)」と思い込んでる(・・・・・・)演繹においても、帰納においても同様と言えるだろう。なぜなら、それらとて、仮の前提に依存せざるを得ないからさ。要するに、己を真するものを(・・・・・・・・)持ちえない(・・・・・)んだよ」

「それじゃあ、まるで”科学は存在しない!”といっているようじゃないですか!?」

急な反論は意思に反さず、当然として口から出ており、相手はひるむ様子もなく「確かに」と返事した。

「だから人間は、再現性だとか、客観性とか、史実性などと、寄り合わせの概念で、とりあえず”合理化”を図ったのさ。それを人間はいつしか”科学”とか、”科学的”と呼ぶようにした。そうだろ?」

猫は狐目になって、私を見つめながら問う。

それに抗うように、私は頷かない。

「まったく、人間の科学崇拝もまさに…ええと、なんだっけ?ああ、そう、そうだ。宗教。だっけ?うん、それだ。それとたいして変わらないね。それとも、科学と宗教は同類語かい?」

猫は「シシシシ」と、口を閉じたまま発するような笑い声を添えて、再度また訊いてくる。





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