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ありえない。そうした思いが思考を占領する。
聞いていた事、すべてが突拍子も無さ過ぎて感じると、思惟を急停止させた。
すると声は齟齬を晴らすように飛び出した。
「そんな、ありえません!妄言ですよそれは!」
「まあ落ち着きたまえ」
「落ち着けるようなことを言っていますか!?おかしなことばかりを言って!」
立ち上がろうとするのを手のひら翳して制され、向こうは行動を口で指す。
「疑問があるなら言ってみなさい。できる限り、可能な範囲で答えようじゃないか。いま、ここで多少なりとも必要なのは、議論であって口論じゃない。討論であって闘争じゃないんだからね」
「もっとも、彼女は逃走したがっているようだけどね」
「お前は黙ってろ!」
猫は言われて、猫背を強調。しゅんとする。
「はあ、とにかくだね、いったん落ち着くべきだよ。それで、何か言いたいことは?」
「…全部、うそ、ですよね?」
「本当だ。‥ということで話を進めよう」
「じゃあこう言いたいんですか?”アンドロイドが人間を支配をしようとしている”、とでも!?」
向こうは無言で強かに頷いた。
「そんな妄言を信じろと、そう言うんですか?」
「いいや寧ろ、どうしてそう思うのかな?」
「だって、それは、アンドロイドは人間に従順…」
「例え、としてだ」
博士は猫に目を向ける。猫はそれに気づいて、寝かせていた尻尾を反応するように上げた。
「人は猫を飼っている気で居る。けれど、猫からすれば、猫が人間を飼っている気で居る。さてこの場合、正しいのどちらかな?」
「正解なんでないだろ!また意地悪な問題を出して…お前なんか、丸い三角形の角に頭をぶつけて気絶しろ!」
猫は博士の言葉へ反論をすぐに行い、また後ろ二歩足で立ち上がって抗議。むふっー、と鼻息荒く、憤っている。
「…最後の言葉はともかく、確かにこの事に正確な答えはないよ。それは当然、立場も前提も異なるからだ。つまり、」
「それと同じことが起こっている、とでも?」
言葉尻を拾うと、相手は再度、頷いた。
「じゃあ私たちは、ロボットを従えているつもりで飼いならされている。それが現実だと?」
「馬鹿げてる、まだそう思うかい?」
猫が割り込んで訊いてくる。私は頷いた。
「そうだね。博士が狂人であることには、否定しないよ」
猫は憮然として、得意げに言う。
それへ覆い被せる様に、博士が言葉を続けた。
「人はみな、狂ってるとも言える。では、狂人と偉人との違いは何だと思う?」
「また頓知ですか?」
嫌味を露に問うと、屈託のない表情。
「まあ聞くといい。いいかい、その差は微々たるものなんだよ実際。そう、つまり偉人とは、吐いた狂言が現実世界に沿う事象であった人物。ただそれだけの差に過ぎないのさ」
「…嫉妬ですか?」
「違う!」
「ほんとに?」
猫のからかい声。
この場合、どっち側の返事を受けようと、猫はゴロゴロと喉を鳴らしそうな表情をしていた。