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「ところできみは、神を信じるかい?」
また同じ席へと案内させられると、向かいに座った博士はいの一番に、こう訊いてきた。
「どうして、ですか?」
「だって以前、きみは笑っていただろ?神について言うとさ」
「そうですね…」
忌避たる思いで言う。
「神様なんか、居ないと思っていますから」
「無神論者かい?」
「いいえ」
首を大きく横に振ったけれど、そこに憤る意思はない。
「そもそも、認めていません。だから、無神論者にさえ成りえません」
「へえそうなのか。けれど、そこまで嫌うとなれば、何か理由があるのかな?」
「かもしれません。でもそれを、ここで言う必要はないと思います」
「そうかい…」
私としては、このような話題は正直、どうでもよく、さっさと本題に入ってほしいと思っていた。
「でもねいいかい?もしもだ、神さまがいて、それが仕組んだ事だとしたら、きみはどうする?」
「仕込んだって…何をですか?」
「すべてさ。そうだな、きみが今、苛立っている事とか、さ」
「そんなの…ぶっころしてやりますよ」
「それはそれは、おっかないねえ」
「あのう、いい加減にしてもらえませんか?」
「うん?」
「私はこんな雑談がしたくて来たわけじゃないです!」
「まあそう焦りなさんな。こうした会話だって、きっと有意義だぜ?」
妙な言葉遣いに、それは意味を含むのだろうかとする前、言葉を続けられた。
「もし神様がいたとして、それを認識できないのは、どうしてだと思う?」
「それは…」
頓知だろうか?一瞬、悩み、言い淀む。
「…居ないからじゃないですか?」
その問いに真面目に答えてなにか有益さがあるようには思えなく、適当な答えを返事として呈すと相手はにやりと笑う。
「じゃあ、今そこに、きみは居るかい?」
「はい?」
この人はいったい、何を言っているのだろうか?
「あのう、話を変な方向に持っていこうと言うのでしたら…」
私はもう帰ります。
そう言おうとした手前。
「まったくだよね。回りくどいったら、ありゃしない!」
声は床近くを発信源としながら移動し、テーブルの下。
反射的に覗き込むも人間は居らず、スピーカーらしき装置もない。
「ひとことで、言ってやりなよねえ!」
大きく波打つ尻尾は背を見せ、振り返る。
さっと目が合うと、ずかずかとこちらへ近寄ってくる。
脛の前、ぴたりと止まると前足をそろえて座ってみせた。
「あんた、こう訊きたいんだろ?親父をぶっ殺したのは、あいつらか?ってね」
三毛猫は口を開けると、流暢にそう言った。
「おいおい割り込むなよ!いいか?物事には順序ってものが…」
「順序なんてくそ食らえ!」
猫は再度振り返って博士に向い口答えした後、右の前足をちょこんと上げると裏返し、博士に向って真ん中の爪を立てた。
「…まったく、こいつは、どこでそんな汚い…」
「ことを覚えたのは、ここでだよ、博士」
猫は一歩も引かずに言い、それから私の視線に気づいたようにして顔を翻す。それから数歩、歩いてはテーブルの下から出ると、二人の視線を注目として浴びた。
「…見てのとおり、うちの猫だ。名前は…」
「まだない」
博士の言葉を遮り猫。
「な!?お前、」
「いいから黙りなさい。やあお嬢さん。こんにちわ。お初にお目にかかります。まあといっても、二度目だけどね正確には」
「前にも?」
「そこの下で見てました。やり取りも、聞いてました」
テーブルの下を、腕を伸ばして指す。その際、微かに肉球が見え隠れ。
「そうなんですか?」
博士に問う。少々気まずそうに視線をそらし、「うん」と頷いた。
「どうして隠していたんですか?」
「理由はおいおい説明しよう。それより、さっきのことだが…」
「神は死んだ…それでもう、いいじゃねえか」
「お前は引っ込んでろ!」
「いやだね」
「あのう…」
二人の罵詈雑言とするやり取りの最中、忘れ去られている状況に声を。
「うん?ああすまない、ええとだね、つまり、僕が言わんとすることは…」
「やったのはあいつらだよ」
「おいっ!」
「そうなん…ですか?」
「ああもちろん当然」
猫は尻尾を振って嬉々した様子で言う。
視線を博士へ向ける。
「…ああ。そうだ。こいつの言うとおりだ」
「…どうして…なんですか?」
私の口から漏れ出た、この問いには、複合的な意味が成されていた。
しかしそうして複雑に紡いだ言葉は、あっけなく解かれた。
「そんなことは簡単さ。世界を乗っ取るのに、それ以上の理由が必要かい?」
猫は平然と、堂々と、まるで勝ち誇るように言った。二本足で立ち上がって、前足二本で腕組みを見せながら、人間みたいに。