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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A -2
66/111

66


日常の業務に支障はなかった。

それでも、あの例の一件。人形の増殖と、それに伴う指計算の齟齬。

頭にこびりつき、悪夢のように離れない。

かといって、例えば目の前。何かひとつのものがあるとする。

ひとつのパン。

あんぱん。

昼食用に購入したもの。

それをひっそり数える。

ひとつ。

視線をさっと横にそらす

すぐに戻す。

しかしあんぱんの数に変わりはない。

絶えず、存在しているのはひとつのみ。

やはりあれはいかさま、トリックではないのだろうか…。


「雛尖さん、どうしたの?」

同僚に声をかけられ、はっとしそのほうを見る。

彼女は、興味深そうに、凝視する視線をこちらによこしていた。

「べ、べつになんでもないです」

「ふーん、ねえ、一緒にお昼、食べない?」

「…いいですよ」

「ほんと!よかった!ありがとう!わたし、前々から雛尖さんとは…」

そうした日々、日常。特に異常はなく、大きな事件はない。

「1+1+=2」が存在しないような世界にもかかわらず。


何故かパソコン、携帯端末、家電その他。電力系をはじめライフラインにもトラブルは生じていない。

相変わらず普段どおりにどれもが機能し、生活を送る上での不便はない。


なぜなのだろう?

そこでは、


なぜ今までは(・・・・・・)1+1=2(・・・・・)だったのか?(・・・・・・)


とした、博士の言葉が何度も頭をよぎっていた。


「もしかして…元から事実は誤りだった?」

「んっ?どうかした?」

「あ、いや、その、ごめん。なんでもない。‥それで何の話?」

「聞いてなかったの?」

「…ごめん」





異常を肌身として感じ取ったのは、博士と出会ってから三日後のこと。


しかしそれは生活の不便によるものでもなければ、物の数が混乱を示すように増減するわけでもなく、それは事故処理における仕事での一際だった。



”男性一人が死亡”。

”拳銃自殺と思われる”。


すぐに処理は始められ、寧ろその報告と詳細を受け取ったのはすでに事後後。すなわち、自殺のあとではなく、その処理の終了後。

アンドロイドがすぐに対処し、その報告書を確認していたとき。


「…これって」

そこに表示された内容。同封されるデータを開いたところ。

表示されるのは現場の写真であり、倒れる上下紺のスーツを着込む白髪の男性。

身長は資料によれば百七十八。

うつ伏せで右手に銃を握り、頭を床にたらし、こめかみ辺りか?そこを中心とした血の池が見て取れる。

そのデータを見て、既視感が眩暈のように襲い頭を巡り情緒を混乱させた。

「これって、これって…」

もしかして、もしかして、もしかして、これは、これって、これはもしや、まさか、そんな、うそよ。

そうだ。うそよ、こんなはずは…。


…はあ。はあ。

等と気づけば息を切らし、目を張り巡らせるように周りに誰もいないことを確認すると、一度、大きく深呼吸をした。それから、自分だけがこの日、偶然として残業をしていたという状況に感謝した。


呼吸を大きく行い、心拍数を落ち着かせる。

それから再び、画面に目を向けた。

映る男性。死亡している。

自殺として。

私はすぐに、この既視感の正体について、すぐ察しがついた。

と同時に、それはあの日、伝え聞いたものを実際に目として確認したことへの罵声と後悔を絶えず浴びせ続けた。‥二年前の私に向けて。




男性の死に際、状態、状況。


すべて、父の死亡状況と(・・・・・・・)酷似していた(・・・・・・)




すると脳裏によぎる疑問はただひとつ。

火が点くとそれはもはや揺るぎなく、電源を落として仕事場を後にすると、

すぐにまたあの場所に向った。




「やあこんばんわ、お嬢さん」

チャーリーと呼ばれる博士は、また以前と同じ車に乗り、そして同じようにこの道、この場所を通りかかった。まるで見張っていたように、私がこの場所に立ち、きっちり10分30秒後に。


「…聞きたいことがあるの」

停車した車、開かれた窓に向かい、私はうつむきながら言った。

「そうかい?とりあえず乗るといい。そこではまた濡れるよ」

奇しくもこの日もまた雨。

けれど濡れるに構わず言葉を続けた。

「…博士、言っていましたよね?」

「うん?」

「敵は”ロボット”だって」

「まあ確かに」

「それ、詳しく教えてもらえますか」

「おいおいどうしたの?そんないきり立った様子で?何かあったのかい?」

「はい。四年ほど前に」

「それはそれは。ま、詳しくはまた例の場所で聞くから、とりあえず乗りなさい」

頷き、車に乗るとすぐに走り出す。

沈黙の中、無意識にかかわらず口が開くと声を出していた。

「…人形、あれ、やっぱりいかさまだったんですよね?」

うつむいたまま、相手の顔も見ずに言う。

「どうしてそう思う?」

「…ほかの場所で同じようなことをしても、数は同じでした。辺りの車が増えるはずもなく、目の前のあんぱんだって、ひとつのままでした」

「それは良かったんじゃないか。あんぱんが増殖し出したら、食べきれないだろう?」

そう言って博士は笑い、私はそこではじめて顔を見つけて睨みこむ。

「ふざけないでください!」

「ふざけてはいないよ」

彼の声音は、至って平常。強弱もなく、それはまるで公共の場で返事をするように自然だった。

「事実を見せたのは事実さ。ただし、もし、きみの認識において違いがあったのだとすれば、だ。僕の人形にはなんら仕掛けはない。つまり、原因は人形ではない。ならば、答えはひとつだろう。人形でないなら、あの場において、またこちらの場において、変化し、影響を及ぼし、数をそのまま認識できたのだとすれば、それは変化したのが、きみだと(・・・・)、言うことさ」

冷淡な口調は涼しく、寒気を与えてくれるのは十分だった。


「…どういう意味ですか?」

「それもあとで、ついたらじっくり説明してあげよう。だから…」

「だから?」

「少し、寄り道をいいかな?なに、ピザを買って帰るよう、頼まれているのでね」

変容してみせる朗らかな笑顔は、既に質問したことを一時的にも忘却させるに十分で、「…どうぞ」

と溜息を隠して返事をすれば、

「ああ、そうだ。きみは何味のピザが好き?」

等と流暢に尋ねてくる。

「…なんでもいいです」

「それは駄目だ。なんたって、きみの分も確保するよう、言われているからね」

「じゃあクラブチーズでいいです」

ムッとして答えると、「なるほど、いいセンスだ!」と博士。

「ぼくは…そうだな、カレーチーズピサにしよう!」

「カレー、お好きなんですか?」

博士はそこでゆっくり微笑み、まどろみのような表情を私に向けながら言った。

「好きだよ。昔からね」




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