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「実際、トリックでもなんでもない。それは事実なんだ」
「そんな馬鹿なことが!いいえ、そんなこと、ありえないわ!」
「だが事実であり、きみも目の前で見たはずだ。そして、体験もしたわけなのだからね」
「それでも…」
信じられない!といった思いが募る。
「これは…そう!幻覚!幻覚に決まっています!!」
「集団催眠とでも?」
「それ以外に考えられません!」
「まあ落ち着きたまえ。そしていっぱい、飲んだらどうかね?」
言われて思わず立ち上がってしまっていたことに気づき、座り直すも目の前に置かれている緑茶に手を出す気にはなれない。
「けっこうです」
「何か混入しているとでも?」
「その可能性も大いにあると、今は考えています」
「けれどきみはそれを飲んではいないはずだ。それでも、目の前のことは起こったことに違いはない。つまりは事実…」
「空気中、漂わせていたのかもしれません」
「こいつは驚いたな」
博士は半身を横にし、少し笑った。
「では空気感染とでも?」
「はい」
「面白いね」
真正面に座り直して、にやりとした表情。
「ぼくたちが、きみに対してそんなことをして、なんになる?」
「さあ?私には分かりません。でも、私には分からないことが重要なのでは?」
睨むように視線を相手の目に向け、外さない。
相手はそこで若干視線を逸らすと「気丈なお嬢さんだ」嘆息染みた声。
「…分かった。信頼されるように、ぼくたちについてを話そうか」
「どっちでもいいですよ」
「まあ聞きなさい。判断するのはそれからでも遅くないはずだ」
「何か妙な行動を」
「しないしない。神に誓って何もしないよ」
「神、ですか」
思わず私は噴出しそうになった。
「ああ、そうだ。気に入ったかい?いい名文句だろ?」
「そうですね」
思わず雰囲気に流され穏やかに。
「よろしい。では話そう。…といっても、何から話せばいいかな?」
「さっき、そこの人が、”ここはレジスタンスのようなもの”と言っていましたけど?」
「ホウイチがそう言ったのかい?」
そうして博士が視線を横にもたげると、さっきの人はパソコンのような機械を相変わらず操作しており、モニターに向けていた目を翻して振り返り、博士と顔を合わせると「ああ」といって陽気に頷いた。
「じゃあもう分かっているかもしれないけど…」
博士は私のほうへと向き直し、
「ここはレジスタンスとしての集合体だよ」
「いったい何のためになんです?」
「それはもちろん…」
博士は、今度、まるで猫の赤ちゃんを見たときのように表情を緩ませた。
「ロボットに対抗するためさ」