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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A -2
63/111

63


博士が戻ると、先ほどの話を聞いてから私の頭の中でぐるぐると巡回し続け、常に思惟を強いられていた一介の思考、仮説、推論が巡り纏まり混ざり合い。

それらが最後にはひとつの言葉となって、我慢しきれず口から飛び出した。


「あの、では、どうして私たちは(・・・・)生きていられるの(・・・・・・・・)でしょうか(・・・・・)?」

「うん?」

博士は席に着きながら私の疑問を耳に入れると、一瞬、熟考するように眉を寄せる表情。

見せた後、どっしりと椅子に腰掛け、次に前屈みになり両肘をテーブルに着けた。

両腕を立てて両手を合わせて、腕とテーブルの間に曖昧な三角形を作ると合わせた両手の上に顎を乗せた。

そこから私の目を見据え、ゆっくり口を開く。

「確かにそのとおりだね。まったくだ。では、こういうことでどうだろう。つまり、ぼくたちは既に(・・・・・・・・)死んでいる(・・・・・)。それならば納得かい?」

「…本気で言っていますか?」

「死後の世界。これがそうだとしたら、どうする?あ、もしかして喜ぶとか?」

眉間にしわ寄せた顔から朗らかに。急に童子染みた表情を見繕っては、遊ばれている気しかしない。

まったく、この人は何歳なのか、その見た目からは随分と判断しにくい。

一目で見れば23、24にも見えるものだし、ふとすれば三十過ぎに思えることもある。

その性格・気質同様、なんともつかみにくい人物だなと思わせた。


「冗談だよ、冗談。けれど実際ね、それも大きな問題なんだよ。どうしてこのような状況で、我々は生きて(・・・・・・)いられるのか(・・・・・・)?明確な答えはただひとつ。”まだ分かっていない”。それだけだよ」

次には嘲笑風の笑み。

「…では、先ほどの話の続きを」

「ん?ああ、そうだったね。どこまで話したかな?」

「…”1”に含まれる隠された意味、1以上のもの、その”なにか”。それは本当に見つからなかったのですか?」

「そうそう」

博士は残った茶をそこで飲み干し、それから手の甲あたりで軽く口を拭って、語り始めた。


「なるほど、確かに、”1”が1以上の概念として成り立てば、それはもう”1”ではないかもしれない。仮に「”1”=2」であれば、それはもう”2”であり、そして当然、「”1”=2、”2”=3」とする概念が成り立つわけでもないのだから。するとそこではまったく新しい形式、概念が必要に…」

そうして学者たちは、その新たな法則性を探して躍起となった。

「結果は?」

博士は首を横に振る。

「それが現状さ」

含み笑いのような浅い声を出す。博士の厭世的な笑みを見るのは、これが初めてだった。


「そこでだ。仮に、”1”。この言葉、数字がまったく役に立たなくなったとしよう。そう、役立たず。ゴミ箱行きだ!」

そうして博士は目の前、何もない空間を人差し指と親指でつかむパントマイムを示すと、そこでつかんだ透明の”1”を後方、あさってのほうへポーンと投げる仕草を見せた。

「さあ、ここではもう、厄介な自体を見せる”1”は居なくなったわけだ。それでだ、ここにもう”数字”は存在しないとしよう。ではそれで、我々はもう”計算”という行為を、まったく放棄することになったと思うかね?」

「いいえ」

私は即答した。

「計算だって、文字がない時代から行われていたはずです」

「そのとおり!」

博士は満足そうに小さく何度か頷き、「エグザクトリィ!」と呟いた。

「我々には言葉がなくても、目がある!耳がある!そしてこうして喋る、口がある!」

右手の人差し指で、左手を指し、右耳を指し、そして口を指しながら博士は言う。

「そうとも!実に旧式、猿人的な方法として、見てあるものを使えばいい。それだけのことだ」

ですよね、とか、そうですか、とも、私は言おうとしていたところ、

「でも、そういうわけにもいかなかった…」

博士の言葉に制された。

「えっ?…どういう、ことですか?」

「よろしい」

例を見せよう。

博士はポケットから小さな人形を一体、出した。

「数えてみたまえ。ただし、”言葉”を使うのは禁止だ。もちろん数字もね」

私は頷き、右手をかざすように前に出すと、その人形を黙視し、そして広げた右手の親指を折り曲げた。

「いいだろう。”カウントした”ということだね」

私は口を噤み、頷いた。

「では続けようか」

博士はもう一体、人形を出した。

今度は左手を前にかざし、先ほどと同様。

開いた左手、すべての指はピンと伸びている状態。

私はその新たな人形一体を確認しながら、今度は、左手の親指を折り曲げた。

「…では、どういう結果かな?」

私は口を開けないよう注意しながら、親指のみを折った右手、親指のみを折った左手、これを見せ付けることで、

「折られた指=2 =人形の合計数」

として示そうとする。

だが現実は違った。



目の前には、人形が(・・・)三体居た(・・・・)


「ウソよ!!」

思わず声が出てしまった。

「いかさま!トリック!手品!」

「ぼくはなにもしておらんよ」

博士は手のひらを左右に広げて潔白を主張。しかし私は当然、信じられない。

「だって、目の前には二体しか…」

「こういうことなのだよ」

彼の声は急に威厳を帯びて聞こえた。

「でも、これって、その…」

声音に若干の怯みを覚えてしまった私は、言いよどみ、たじろぎ、そして混乱した。

「…狂ってる」

思わず頭を覆いたくなった。叫びだしたい。

インチキ!ウソ!そんなの、ただのトリックでしょ!!

けれど博士が「冗談でした!」等とおどける事実は訪れず、

「これでようやく理解した?」

と少々、おどけた声を出すのみで、それのほうが、よっぽどきついジョーク(・・・・)であった。



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