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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A
59/111

59


どうやら私は行き倒れに成っていたらしい。

うつ伏せに倒れ、息途絶えたように背中には降雪を微かに積もらせ、それを助けてくれたのは姉。

…らしい。

私にはその時の記憶が定かではなく、何時意識を失ったかさえ覚えてはいない。

ただその時にはもう、ポンティの姿はなかったとのこと。本当はどうかは分からないけれど。私はそこでポンティと別れた。彼の生死すら分からず、けれどきっと何処かで生きているのだ、と楽観視している自分のみが表面上は占め、内面には目を向けようとさえしなかった。


二十歳の誕生日、私は家を出ることにした。

今度は家出ではない。

正式に、堂々と家を出ることにしたのだ。

尤も、それを止める者は既に居らず、姉は一年前に家を出ており、家族はここにもう居ない。

父が自殺して既に四年が経ち、母も同様。

既に居ないのだ。

居るのは雑務を担うアンドロイドが二体のみ。だから何の未練も残さず出ることに苦心は見当たらない。


就職にしたのは、激務となれば精神は肉体に追随し、煩わしい雑念との距離をすぐにでも離していってくれると信じたためだった。

実際、はじめて就く”仕事”は煩わしく、警察と呼ばれる職種はなるほど面倒な雑務に振り回されてばかり。

けれどこの仕事を選んだ理由の片隅には「もしかしたらポンティを探す事も…」とした思いが合った事もまた否定は出来なかった。

そしてこの職場であった。



私が、 さんと出会ったのは。



実際のところ、”仕事”と言っても、私達には特にやることはなかった。

大よそがデスクワークであり、現場での煩わしい厄介ごと等は、全てアンドロイドが担当。

危険な事態に遭遇しない。どころか、生の死体を見ることさえ稀有であり、「存在しない」といって過言でない状況だった。

そこに不満不平を唱えることはなく、同僚から「楽な仕事だね」という言葉も同様。生ぬるい中では、ぬるさこそもまた不満に成り得るのだから。

私は監視カメラを通し、もしかしたら何処かに映りこんでいるでは?と見知った猫の姿を探すも、徒労と終わる以外の術を見せず終い。

溜め息一つ吐かず、声を掛けられちょうどと思って厭世な視線を返事代わりに同僚へ返すのみ。

そんな退屈であり、窮屈な平和の日常。

毎朝、表示されるグラフは、面積を窄めていき、確実に縮小している現状を促がして知らせてくる。

誰もが興味がないようにそうした現状に何ら感情を示さず、通常どおりの業務を機械的に行う。

日常に変化は乏しく、ある日の仕事終わり。


「仕事には慣れた?」

 さんに声を掛けられたのは。



 さんは、新米の私を何度も「飲み」と言われる、食事に誘ってくれた。

「大丈夫?何かあったら、すぐにいいなよ」

 さんはいつも優しく、そして頼りがいがあった。実際、 は、 であり、 さんと居ると楽しかった。

「此れから先、どうなるんでしょうか…」

あるとき飲酒によって意識が緩み、私はつい、こうした疑問を さんにぶつけてしまった。

すると さんは、手に持ったジョッキを机にドスンと置き、

「…確かに。それでも、これだけは言える」

「なんですか?」

「大丈夫だよ。これからも人間は。歴史を見ろ!幾千もの危機を乗り越えてきたんだからな!」

そう言って さんは再びジョッキを唇へ傾け、白い繭のような髭を微かに作って笑い、私の頭を撫でてきた。

「な、なんですか!?」

思わず身を引いてしまって、「ああ、悪い」と言って さんは少し戸惑い、私は憤った姿を醸しながらも身に余る興奮は、嫌悪を上回る何か。

だからこそ、私はその後も、 さんからの「飲み」を断らなかったわけなのだから。


帰り道、いつもの道にまた転がる死体。

片付けるアンドロイド。

「本物の死体?見たことあるわけないだろ!?」

同僚はいつも、誰もが、そう言っていた。

では私だけが稀有なのだろうか?

それでも、これを「運がいい」等と揶揄するのは止めてほしい。

そういうふうにばかり考えていた。

その時は。



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