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そのあとは口も利きたくなくなったけれど、ポンティはその類まれなる毛並みを利用し私を懐柔しようと、誑し込めるように頭を脛に当ててきたりとする。
「結構歩いたね、雛」
「そう…だね」
思わず返事をしてしまう事には既に落城を呈して後悔はなく、実際、どれぐらい、どのぐらい、のところまで来たかはもう分からない。
辺りは夜明け前の暗闇に包まれ、雪はやんでいた。
ただ振り返っても力ない外灯が一寸手前ばかり照らし、付近の道路ばかりが目につくのみで、道の先は靄がかかったように掠れ、帰る気力を萎えさせる。
地平線の先の如く、といったほどには距離を感じさせていた。
「帰る?」
「まさか!」
「どこまで行くの?」
「歩けるところまで!」
強情となって私は歩みを続け、ポンティが追随する。
しばらく無言で歩き、ふと気配を感じて顔を上げる。
項垂れる外灯に照らされ、が立っていた。
「あなたのことは、好き」
目を見合わせて相手は唐突に言ってきた。
この言葉がもし、暗喩であったのなら、私はおそらく、その端的の意味合いも微かに掴めていたのかもしれない。
けれどその言葉が直喩であったために、私はその意味を掴み損ねていた。
それこそ、水を掴もうとするように。
そのままの意味で受け取るほどの愚鈍さを持ち得ず良かったと、それだけ思えていたのは確かであった。
すこし歩くと”にゃあん”と微々たる声が聞こえて、思わず脛の辺りに寄り付いていたポンティを見る。
猫は首を横に振って「違うよ」と無言で訴える。
再び”にゃあ”と聞こえて、反射的に声の聞こえたほうへと目を向けた。
わずかに前方。黒縁模様を付けた猫が。
ちょうどポンティと同じぐらいの背丈。
そして興味があるようにうちの猫へ寄ってくると、鼻を合わせる如く近づき、
そして鼻をすんすんと動かした。
それから再度、
「にゃあ」
と
「にゃああ」と鳴く。
ポンティはただそれに対し頷き、黒縁猫は飽きたようにすれ違って後方へ歩き去っていく。
数秒して黒縁の姿が見えなくなった頃、私はようやくポンティに声をかけた。
「さっき、あの猫はなんて言ってたの?」
するとポンティは見送っていた顔を振り向かせて、
「さあ?わかんないや」
と微笑みながら言う。
「え?わかんなかったの?」
同じ猫なのに?と続け様に言おうとした手前、
「だって、あの猫、喋らなかったじゃないか」
「…同じ猫なのに?」
「あいつは鳴いたんだよ。僕たち風に言えばね」
「そういう…ものなの?」
「それはそうさ。だって、うん、いいや、もっとも…」
猫は自分の言わんとすることを自身の中で推敲するように頭を振って
何度も何度か「うーん、うん…」と声を鳴らし、
「…まあぼくらだって、思考の精通が話せて出来ない事は同じじゃない?」
と言った。
ふぅん、と私は曖昧に頷いた。
少し先、歩いたところ。
転がった死体を片付けるアンドロイドの姿。