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さらに少し進んだ途中、「ちょっとあなた…」
と声をかけられた。
振り向くと反対車線の横にある歩道、ここから約七メートルほど先。天辺が鋭利なハット帽を深くかぶった女性が降り、漆黒のコートのようなものを着ていて、顔はよく見えない、
辺りを見回しても他に誰も居らず、「わたし?」と自分を指差して声を大に問えば、相手は帽子掛けのように頷き、帽子の位置を低く見せた。
それから手招きしてくるので、左右を確認。車の行き来がないとわかって道を渡ると、目の前に鎮座するように佇む。背丈は同じぐらい。
「てぇ、だしてごらん」
その女性は苦しく聞こえるような枯れた声を出し、私は若干警戒をしながらもそっと右手を前に。
「うらがえしな」
言われて、手の甲を下に。
すると相手は私の右手首をつかみ、腰を少し曲げ、さらに帽子を低く見せては天辺のとんがり部分が頬へと触れそうになったほど。
「…なるほぉどねぇ…」
「あの、なんですかいったい?」
「わたしぃはねぇ、手相をみてやってぃるんだよ」
「手相?」
「そうだよぉ」
「手相っていうのは、手の皺を見て、その人の運勢を占うものだよ」
ポンティが付け加える。そこでようやく猫の存在に気づいたように「あらぁまあぁ」と女性は顔を上げ、深い皺が数多ある頬を僅かに覗かせた。
「かわいいねこちゃんだことねぇ」
「…どうも」
ポンティは警戒した様子で、半歩後退。
「あの…もういいですか?」
私は捕まれた手を見ながら訊く。
「うん、あぁごめぇんね、わるかぁった」
そう言って老婆はようやく私の手を開放し、それから私の目を覗き込んでくるようにして顔を上げた。
「あなたはね、思ってもいないことを、口に出す癖があるわぁ」
「えっ?」
「まぁあ、気をつけることねぇ」
「そんなことはないです!私はいつも思ったことを口に出しています!」
「ああ、あらもう、くく、気がつよい娘だねぇ」
そういって老婆は、くっくっく、と肩を揺らし、「…行こう」とポンティに促されて、私たちはその場から立ち去った。
「面白いおばあさんだったね」
距離を成してからポンティが言う。
「どこがよ!気味が悪かったわ」
「でも雛の言われたことは、本当かもしれないよ」
「ポンティまでそんなことを言うの!?」
「でも考えてみなよ。雛のあの反論、そんなことはないと言ったね。でも、もし相手のあの言葉がなかったら、雛は実際、ああした返事は思いつかなかっただろう?だとすれば、あのおばあさんの言った事も、真実であると思うよ」
「詭弁よ、それは。‥ただのね」
「ふぅん」
ポンティは懐疑する視線をよこす。
「私は思ったことを口に出してる!それがたとえ、相手によって作られたことでもね!」