55
小さな緑色のリュックひとつを背負い、家を出ることにした。
「何が入っているんだい?」
そうポンティが訊ねてくるので、
「なにも」
わたしが本当のことを言うと、こいつはお手をするみたいに前足ひとつを上げ、わかってないなぁ、と言わんばかりに首をメトロノームみたいに少し振って、
「いいや、そこには希望が詰まってるじゃないか!」
なんて事をさも堂々と、その肉球を見せながら言うのだ。
なんだかそのもったいぶった態度が気に入らず、税に入る姿に掲げた手をさっとつかんで肉球触る。
「なっ!?」
ポンティは驚いた様子であわてながらも、五回ほどは肉球をもんでやった。それまでは離さない。
「…もう、気は済んだ!?」
さっと手を離してポンティは猫の癖にため息を吐き、それを見て私は笑った。
外に出ると、人工雪の停止はどうやら明朝までの待つ必要があるようだったけれど、構うまい。
私たちは一歩、外に歩み出ると、微かなパノラマライトのような月光に照らされ、辺りは厳粛に輝いていた。
「きれいな空だね」
とポンティ。
「そうね」
私が答える。
「じゃあ、行こうか」
どちらともなく言うと、私たちは並んで歩き始めた。行き先も定めぬままに。
すると死体がまたひとつ。
平然と道路の片隅に俯いて居る。
何かを掴もうとしたように右腕を思い切り伸ばしており、腐臭が漂いそうなので近寄らず顔も見たくない。
全く嫌になる。
けれどポンティは平然としており、見向きもしない。
「ねえどうして、ああも死んでるのかな?」
私が訊くと、ポンティはさも平然として
「それはきっと複合的な意味があるのさ」
と力まずに言う。
「どういうこと?」
「自殺ではないって事だよ」
「そうなの!?」
私は自分の目論見が外れたことで、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。ああ恥ずかしい。
「うん。だって、手を伸ばしてるじゃない」
「でも、それならどうして警察が?」
「わかんないんじゃない?」
「わかんない?…事件性とか?」
ふふっ、とポンティは肉球を口に当てて微笑する。
「そうだね」
その”そうだね”もまた、複合的な意味合いを持つように、猫は視線を左右に流した。
それから一歩、また一歩、と先を歩き出すので、私はその横に追いつくよう、速度を速めて歩くのを再開させた。