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ただ唖然として立ち尽くし続けていると、どのぐらい時間が経ったのかはわからない。
眼前にたたずむアンドロイドは行動を停止し、太陽光発電によるエネルギーを絶たれて力尽きたのか、姉のような表情のまま全く動かなくなった。
それから「大丈夫かね?」と声をかけられ、黒ずんで見える地面から視線を上げると、白髪の老人が立っていた。
その男性は地面に散らばる微かに残った肉塊を見て、「君の家の?」
と穏やかな声で訊いて来る。
私は無言で頷いた。
老人は屈み、桜の花びらを手に取るように摘んで拾い上げると、満面の笑みを見せた。
「いやあ、それはすまないことをした。お譲ちゃん、今、時間はあるかな?」
私は頷いた。
「そうか。じゃあ、ちょっと待っていておくれ。すぐに細胞再生装置から、こいつを復元してきてやろう!」
老人は得意げに顔の皺を増やして、「一緒に来るかい?」と訊いてくる。
条件反射のように私は首を横に振り続けた。
それから老人の背が遠のいていき、すぐ先に、薄暗がりで見え難くなっているもののアーチ上の小さな外門があることに気づいた。その中央を老人が行き、私はその背中が見えなくなるまで目で追った。
どのくらい時間が経ったかはわからず、数分とも、数時間と思えた。
「いやあ待たせたね、お譲ちゃん!」
声をかけられ再び顔を上げると、そこには先ほどの老人。
腕には猫。
その銀と黒を混合した配列の毛並みは確かにポンティと瓜二つ。
「…ポンティ?」
かすれた声しか出せず、そのとき、猫は老人の腕から飛び降りた。
それから私の足元に来て、頭を脛に擦り付けると、尻尾を体操で使うリボンみたいにしならせてからゆっくり下ろし、前足を揃えて上品に座る。
「…帰ろうか、ポンティ」
屈んで頭を撫でながら言い、猫は頷く。
それから口を開いた。
「そうしよう、雛ちゃん!」
だから私は、帰り道の最中、質問をした。
「ねえ、死ぬってどういうこと?」
「それは五次元のことだよ」
ポンティはこちらに顔を向けず、平然として言った。
「五次元?」
「いや、正確にはちょっと違うかな。うん。正確に言えば、それは五次元の先にある世界のことさ」
「…よくわかんない」
「そうかい?でもね雛、きみだって既に気づいていないだけで、きっとわかっているんだよ。‥多分ね」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ今すぐわかるように、もっと具体的に教えてよ!」
ポンティはそこで足を止め、首が重いかのようにのっそりと顔を持ち上げ私を見つめ、
「 」
彼はごく小声で何か言った。
もしくは、口パクを示した。
当時の私はそれが単なるポンティの意地悪にしか思えず、まったく意図したことをつかめずに居た。
だからこそ「ねえなんていったの?」となんども声をかけるが、その後に歩き出したポンティは、この質問に口を開くことはもう二度となかった。