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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A
50/111

50



私は啼泣(ていきゅう)する事と同様に、忌み嫌っていたものがある。

それは”死”。

まったくの荒唐無稽、”真の自由”の如くその存在を見せず示さず、未知の存在には幼少時に慄き、その存在を知った(・・・・・・・・)ときには(・・・・)膝を抱えて丸くなり、病床でただただ病が去るのを耐え忍ぶ時のように絶望に塗れながら震えていた。

カーテンが若干の明るさを纏うと無眠に近い状態で空ろに映る自分の鏡像を眺めていると、私はやって来た父に救いを求めた。


死ぬって何?どうして死ぬの?死んだらどうなるの?


興奮状態の私はのべつ幕なしに詰問し、父は寝ぼけ眼を擦る指を止め、私を見下ろしてくると、

微かに腰をかがめて頭の上に手を置いてきた。


「いいかい?人間は、誰もが死ぬんだよ」

「みんな、死んじゃうの?」

「もちろん」

「絶対?」

「そう絶対」

「お父さんも」

「ああそうだ」

「嫌!そんなの嫌だよ!」

「ははっ鄙はやさしいな」

それから頭を撫でてくれた父の手の感触はいまだひっそり記憶の片隅に居残り、今となってはそれが善き思い出か、または悪い思い出なのか定かでない。ただそのとき、その瞬間ばかりは、心に蔓延る台風が晴れたように、すぅっと嫌悪感が消え、その時ばかりは”死”に対する恐怖も意識できない心地悪さも、一瞬は消滅しており、私はにっこり笑い、その呈した笑顔に父は納得したように大きく頷いていた。


幼少の心は乱れやすく不安定。かき乱される必然はどこにでも存在していたのだ。

私はとにかく死を恐れる子供だった。

一時の安心は、その場しのぎの雨宿りに過ぎず、屋根が去れば再び私を容赦なくびしょ濡れにした。

それは床の寝の際にひっそり忍び寄る昆虫のように私を脅迫的に神経質にしては、

神経衰弱のごとく私の精神をじわりじわりと弱らせていった。


だからこそ九歳を迎える誕生日の直前、


「何かほしいものはある?」


父に訊かれて、私はこうお願いをした。


「死ぬってどういうものなの?誕生日プレゼントとして教えて!」


記憶のうちで父はその時、驚きもせずただゆっくりと微笑み、機械人形のような脆弱な安らぎを私へ与えてくれた。

誕生日当日、遮蔽とした窓から外は見えない車に乗せられ、しばらく走り、助手席にいる父も、運転席にいる見知らぬ人も、一切口を利かず言葉を発さず。ただ湿ったような雰囲気が漂い、喋ることを咎められた。沈黙のまま暫くすると車は止まり、前に座る二人が示し合わせようにすぐ降りると、父が後部差席のドアを開け私はそれに従いゆっくりと降りた。前方正面には正六面体の真っ白い建物ひとつが鎮座するようにあり、まばらに備わる窓によって何処か全面白のルービックキューブを思わせた。

その建物へと父に手を引かれて向い、入ると殺風景な広場があり、病院の待合室への類似性を感じさせながらも家具が何もないので吹き抜けのような広々とした印象を与え、そこを抜けると廊下のようになって病室がある如く、左右方面には扉があってドアノブが目立ち、ほかに何もないのが逆に目立った。

そのうちの一室。どのぐらい進んだかわからず、階段を一度上がり、そして少し進んだ先の廊下の途中。

今までに見て取れたドアノブと大差ないもののひとつに父が向き合い、手を伸ばして開けると「さあ、入りなさい」と冷淡とも取れる、厳粛で慈しみのある声で父が言い、私は無言で頷き従った。


そこは真っ白な部屋で、端の壁沿いに簡易的な机と椅子があり、中央には天辺が大きく湾曲した、大柄の背もたれが真っ赤の椅子。シート部分には肉厚のクッションが備えられ、厚切りしたトマトに見えるその部分に促されるとそのまま尻をつけ、座面高がある椅子であって足は床から離れて届かずブランコ状態でぶらぶらと揺らしている状態。

そうした足を見ていると次に私の頭へ防具ヘルメットのようなものをかぶらされ、気づいて顔を上げると父の顔は無表情ながら愛情を感じていた。ヘルメットの内部からは微々たる暖かさを感じ、次に父の同僚らしき白衣を着た男が傍に来て居り、私の手首あたりをつかんで、椅子に縛る。足首あたりをつかまれ、縛り付けてくる。俊敏な行動に何一つ言葉を出せず、傍観者のようにただじっとしており、すると今度、父が眼前に来て

「誕生日おめでとう、雛尖!」

と私に言って妖艶に微笑んだ。


私はそれに対してぎこちなく笑みを返すと、父は見飽きたように背をむけ片手を少し上げ、まるで子供が道を渡るときのように躊躇なくそれが道徳的に正しいかのように一切のよどみもなく片手を上げると、私は頭に激痛を感ずる。しかしそれはごく一瞬のことで後に思えば、どの瞬間にその痛みが始まり、いつに終わったのか?定かでなかったほど。

すると次には私の意識は身体から抜け出し、まるで脱皮をする蝦の如く意識が窮屈さから開放されると道端でみた蚕を想起させ、脱皮し成虫なった余韻を味わう暇なく身体は浮遊し肉体は追随しない。

遊園地でもらう風船のようになだらかとして上昇していき、気付けば意識は天井あたりにまで上り、その高さから部屋を一望した。父、見知らぬ男、私自身を俯瞰しており視力は衰えずむしろ増して感じては、そのえくぼの奥に潜む感情すら読み取れそうであった。


辺鄙な幸福感に嬉々する暇もなく、ほのかな温かみを感じ始めると目が開き、それは肉体的労働を伴った。


「どうだった?」


目の前には父が居り、片膝を床に着き屈んでは目線の高さを私に合わせ、屈託のない笑顔を見せていた。

「」




椅子に固定され、私は身動きひとつ取れない。

ただ手首足首を締め付ける皮製ベルトに抗い微かに身体を賑わせる程度で、

旧時代のレプリカとしてみた蒸気機関車の上げる悲鳴のような音色を、私は口から、鼻から吹き鳴らし、鼻水を垂れ流し、目の先には父が佇んでいる。


彼は私の側頭頭頂接合部へ電流を流すよう、表情ひとつ変えずに指示を与えていた。


それは終わってみれば、一瞬の出来事に感じた。


「…どうなったかな?」


二言目でようやく自意識に焦点が定まると、目の前の光景がのっぺりしたテクスチャーではなく、ポスターじみた立体映像でもなく、現実のものと知って聞こえると私は自分としての一個体的視界を再得しては親しみある声音に、力いっぱいに微笑み、そして頷いた。

父は胎児を見るような自愛に見た目で私を見つめると、同時に何度も頷き、

私は放心したように身体の自由が利かぬまま暫し居り、それからようやく涎をたらした口を動かして

「すごくよかったわ、ありがとうお父さん!」

と 声を絞り出して言った。




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