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「どうしてあんな酷いことができるのかしら」
惑星間バスで帰郷中、横の席に座る栗栖が訊ねてきた。
「うん?確かに興味深いねそういったことは」
ぼくもちょうどそのことばかりを考えていたので、乗り気になって返事。
そして言葉を続けた。
「どういう時に、他者に対して暴虐的になると思う?」
「えっ?それは…怒ったときとか?」
「それもあるかもしれない。じゃあひとつ質問だけど、害虫に対して慈しみを抱く?」
「抱かないわよ!というかわたし、それ以前に害虫になんて会ったことないわ」
「まあ、もしもまだ居たとしてだよ」
「想像もしたくないわ!」
「それこそ答えでもあるね。つまり情けはゼロと」
「そう思ってもらっても結構。けど、それとどういう関係があるの?」
「ひとつの答えさ。いいかい、他人に対して暴虐的で背理的になる理由の最たるもの。それはつまり”言葉”の存在さ」
「言葉?」
「そう。もしきみが害虫を駆除しようとする」
「ええ」
「そのとき、その虫が喋ったらどうする?」
「驚くでしょうね」
来栖はそっけなく答え、あたかもそれが決して”ありえない”絵空事であると示すように。
「もしそういった世界が普通になったとする。それでだ。もし虫が「どうか助けてください!」と言ってきたら?喋る前と違って、多少は躊躇するんじゃない?」
「うん…まあ、そうかも…」
あんまり想像したくないわ、と彼女は続けた。
「”子供が‥家族が居るんです、助けてください!”なんて言われたら、たとえ駆除できたとしても罪悪感が残る。それはつまり、互いに言葉のやり取りができるからであって、言葉が分からずコミュニケーションが取れないからこそ、目に見えていないごとく非道になれるのさ」
「あのコロニーの酷い法律も、同じって言いたいわけ?」
「うんまあおそらくは」
「殴りこんで無理やりにでもコミュニケーションとれば、改正してくれるって言うの!?そんな風には思えないけど」
「無理やりにって、野蛮だね」
ぼくは苦笑した。
「じゃあ、どうやって解決するの?それとも、国営の有料放送をやめさせるなんてやっぱり無理なのかしら?」
「無理じゃないよ。革命はいつだってどの時代にだって起こったことだ」
「けど血が流れたでしょうね」
「当時は仕方がない。けど、今はそれほど原始的じゃないよ。血を流したのは何世紀も昔の話だしね」
「無血革命ができるの?」
「大袈裟だよ。ぼくは国営放送の暴挙をやめさせようと思っただけのことだよ」
「簡単なことのように言うのね」
「おかしいことを、おかしいって言うだけさ」
「でも、おかしいかどうかって、誰が判断するの?」
「それは‥世間の目かな」
「世間?でもあそこに住む人は、おかしいとは思っていないんじゃない?」
「確かにそうかもしれない。でも、だからって異常な事態をほうっておいていいことにはならない。自由を教授する権利は誰にだってあるはずだから」
「正論ね。でも、正しいかどうかは別だとわたしは思う」
「正論がそのまま幸せなこととは、ぼくも思わない。でも、他の場所の良い文化は、積極的に受け入れるべきじゃないかな?それが進歩であるとぼくは信じている」
「本当にそれでコロニー2145の人たちは幸せになるかしら?振りかざす正論は、時には暴君になるんじゃなくて?」
「正論言うのが下種なら、裁判所は最も下種な場所だよ」
「そう?」
「そうさ。だったら‥」
ぼくはハッと思いついて、思わず笑う。
それから言葉を続けた。
「下種なやり方で返せばいい。それが正論なんだからね」