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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode A
48/111

48


人前で涙を流す大人が大嫌いだった。



だってそれは、自ら涙を流すことによって、相手に対し

”自分はこうも思慮深い人物なのですよ!”

とのメッセージを強制的に送りつける、実に利己的な行動に感じていたから。


だから私は何かとあれば、すぐ泣く大人に対して憎悪と似た嫌厭を持ち得ては、

人が当然と死ぬ、ありきたりな戦争映画で泣く人、

旧友との、思いがけない再会に乗じて泣く人、

過去を粉飾する様な手紙を読み上げ、感極まって結婚式で泣く人、

目立つように嗚咽を隠し、葬式でわざとらしく泣く人‥


それら人物がみんな大嫌いであり、彼らは私にとって感情の行方を表面させることのみを生きがいとした、

”ただの獣”

としか見て取れず、ただの俗物に過ぎなかった。

獣が私欲にまみれた姿は、自己の崇拝性を寓話的に飾り付け、

思慮深い人さえも外見の良さから懐柔させては次に、私へ吐き気を譲渡してくれる。

豚以上に汚い獣。

近寄りがたい存在。

自分のことを決して潔癖とは思ったことがない。

汚いものを避けて忌み嫌う行為など人間として当然であり本能的行為なのだから。

単純に私はスカトロジストではない。

ただそれだけのこと。



だからこそ幼児のころから私は、常日頃、落涙せぬことを戒律のように遵守し、それを自分の心中に備えて敬虔な徒のように生きてきた。

故に幼少時代において泣いた記憶はなく、姉との一方的な喧嘩の際に関してお気に入りの人形を取られようが、その都度に蹴飛ばされようが、歯を食いしばったように顔をしかめて相手を見据え、睨み髪を震わせるように立ち尽くしては、ひたひたと忍び寄る侮辱の荒波に負けぬよう耐え忍んでいた。


それが私としての誇りであり、また私としての信念でもあった。

しかしその都度「あら?雛は泣かないの?」

そういう風に、私の目に鬱蒼と宿る濁りを分かって姉は見下すように言うのだ。


一時、私がまだ幼く、学童になる手前。

「ねえ泣いているところを見せてよ!」

そう言い、姉が昼寝をしている私の傍に来ては私をゆすり、うっすらと目を開けると、眼前に姉が居り、鏡像を見る心地でまどろんでいると私の頬を思い切りつねり、無反応でいると、次には傍にあったらしいペンか何か、それは鋭利であって先もとを尖らせ、私の左二の腕に叩きつけると突き刺した。

「わあ立った!立った!」

何かペンのようなそれは線香を立てるようにまっすぐ私の腕上に建ち、気づけば苦痛に表情を歪めそうになって上唇で下唇を覆うようにして噛んでいた。

「あら?やっと泣く?ねえ雛、泣くの?」

それに対して私は首をただ横に振っては、涙を見せず。

すると姉は「ふーん」とつまらなそうに呟きクッキー缶を開けて空だった時のような表情を見せ、へのじにした口の形をすぐに湾曲させては、腕に突き刺したものを抜き取った。

傷口は浅かった様で、鮮血が泥流地帯から分家した沼地へ流れるように微かに滴り、姉はその血のもとへ舌べらを滑らせながら「これが雛の涙?」と、爬虫類のような舌使いをしながら私を上目遣いで見てくる。私が何も言わず言えずに居ると符号のように一度けたたましく笑って阿婆擦れの如く「やあね冗談よ、ちょっとからかっただけ。ねえ私のかわいい妹ちゃん」と山びこのような声を残しては、キャッキャッして走り去っていった。

それでも私は砂漠へ憂いを見るように涙は流さず、嗚咽の声さえ聞かせない。

所詮それは厭世的な情緒でもあり、泣いたところで仕方がないのだから。

もしも目から水を流したところで、落とした涙でパンの一つも焼けるのかい?と私は言ってやりたい。

私はそんな風に育ってきた。

私はそういう人間だった。




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