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「え!?うそ?!どうしてあんたがここに!?」
幽霊を見て悲鳴を上げるような、アイリスの上擦った声が反響し、
豹のマスクをつけた男は屈強な体を見せ付けるように仁王立ちし、久しくわたしへ視線を投げかけ「また会ったな」と地響きのような声を聞かせた。
「…あなたはどうしてここに?」
突如としての出来事はまたもわたしの思考を停止させ、慄きも怯えもせず感情が死んだように、ただ頭に浮かぶ言葉を逃避の如く口に出していた。
相手は微動だにせず、ゆっくり口元のみを動かしては、
「猫は居るか?」
マスクのヒーロー気取りは訊いてくる。
「猫?」
「一般サイズの機械猫だ」
「きかい…メディのこと?」
「メディ?」
「うちのところのサポート機会猫の名前よ」
涙と鼻水を手首のうちで拭いながら雛尖が割り込んで答え、
それから彼女は顎を上げ、背後に立つ背の高い男と目を合わせた。
「もう手を離してよ!」
尖らせた口調は、男がそれまで掴んでいた手首をさっと外させ、同時に男は手から拳銃を取り上げると、すぐ彼方へ投げ捨てた。
「もう馬鹿なことはしないつもり。あなたが言ったことが本当なら、ね」
雛尖は投げられた拳銃を見つめながら言い、マスク男は無言。
二人ともこちらを無視するように視線をよこさず、体を翻して双方ともに正面きって次に向き合うと、
「俺がその証拠だ」
マスクのヒーロー気取りが、それだけを言っていた。
その瞬間、雛尖は両手を合わせ扇状にして鼻と口の部分を覆い、「…うそ…」とする声が聞こえ、それから小さい嗚咽が聞こえてきた。
「…私、もう泣かないって決めてたのに…泣くのは弱い証拠だって…感情の逃避だって…言ってたから…でも…だけど…」
彼女は鼻を啜らせる音も微かに漏らしては、顔を上げ目を鋭く男へ向けていた。
「ねえ、どうして?どういうこと!?」
その肩は震え、気丈な装いも弱々しい。
「説明は後だ。それより…」
男は泣く女の子が苦手な様子で少し目を逸らし、そうして私とアイリスのほうを一瞥してくる。
「行動を起こす必要がある。そう、”行動”をだ」
マスク男は指示する様に雛尖へ言い、
「さっきから何を言っているのよ!?」
蚊帳の外となったアイリスが苛立ちを示すように口を尖らせて横槍を入れ、
「さっき、メディは犯人が分かった、と言っていたけど?」
次にわたしが言葉を挟むと、向かい合っていた二人はこちらに顔を寄せ、双方の視線を受け取る。”キャットウルフ”と呼ばれるそのヒーロー気取りの男は、雛尖のもとから離れるとわたしに近づいてくる。
「な、何?」
目の前に立たれると、身長の高さと体格の良さから気圧されそうになる。
「犯人、についてだろ。それなら、すぐ向こうに居る」
そう言って私の背中越しへ指をさし、指先の光景を追おうと思わず振りかえった。
頭を殴られ、気を失っていたと知るのは、その後に大分経過してからで、
そのとき、わたしは多くを語るために口を噤んだのだ。