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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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外に出てパトカーの元へ。

メディの指示に従って行動を開始することに。

来た道を戻るように廊下へ出ると、アイリスが先頭立って二歩前を歩き、わたしと雛尖がその後ろに続いた。


「ねえ」

唐突に、雛尖が声をかけてきた。


「歩きなれた道の場合でも、ふと訪れた町の場合でもいいけど、そのとき偶然にすれ違う人のことって、どう思う?」

彼女は前方に目を向けながらわたしに問いかけ、

しかしその質問の意図がよくわからず、わたしはすぐに返事が出せなかった。


「…別に、なにも」

若干の間を置いてから答えると、彼女はこちらに視線を流し目で寄せ、次に左右へ視線を流してから、

「…そう」

とだけ呟いた。


「私は違うわ」

雛尖も同様に、間を少しおいてから次に言ってきた。

彼女は言葉を続ける。


「そのときに偶然すれ違う人。その人が今後、私の人生においてもう二度と、会うこともなければ、このすれ違う瞬間を最後に、私の人生の中でもう二度と出会うことはない。そう思うと、どうしようもなく悲しくなるの…」

彼女の声は悲哀をまとい、急な声音の変化に動揺して思わず顔を見た。

目は微かに赤みを帯び、鼻を小さく啜る音。

わたしはひどく動揺した。

心臓の音が聞こえてきそうだった。

けれど、それ以上にわたしは自分の意識とは別のように、さも用意していたかのような予定調和の返答を口にしていた。


「…すれ違う人にひとりずつ?そんな風に思っていたら、疲れない?」


わたしが言うと、彼女は鼻を啜った後、薄っすらと笑い、その微笑もまたはじめて見る表情だった。


あなたには(・・・・・)そうでしょうね(・・・・・・・)



外へ通じる自動ドアは目前に迫り、アイリスを筆頭に外へ出る。

夕焼けが眩しく、邪険に思えて手をかざして顔へ影を作れば、雛尖は横で平然としている。


「感動したわ」

彼女は、突如、私の横で独り言のように言った。


「…感動?」


怪訝に思って訊ねると、雛尖は顔をこちらに向ける。


「ねえ、人間って、どうして感動するのだと思う?」

「…生化学的に?」

脳における分泌物の影響についてを喋ろうとしたとき、

「いいえ、違うわ」と言葉を遮られ、

「もっと本質的なこと」

と雛尖は言う。


「…わたし、なぞなぞはあまり得意じゃないの」

彼女の言わんとすることを決して言い当てられぬ気がして早々に白旗を揚げると、雛尖は微かに視線を下ろして口を開いた。


「感動するっていうのは、きっと知らないことを知ることなのよ。そのもっとも顕著な例が”愛”。だから、人は愛を求めて感動したがるし、感動するのは、”愛”という、未知なものを知った気になるからなの」

「…随分と説法を垂れるのね」

彼女は達観したようにして急に語りだし、そうしたらしくない態度に唖然とするというよりは呆れた。

二面性の子供らしさ。

その出会った時とは違う、裏側を見せられている気分であり、こちらが妙に気恥ずかしくなる。

夢見がちな年頃によくある全知感を堪能しているのであれば、それが害を成さない限りは咎める必要もないだろう。

そう思ってわたしは口を噤み、彼女の表情をひとえに見つめた。



「…だから私は今、感動したの」


そう言いながら雛尖は「ねっ?」といわんばかりにこちらへ顔を向けて首をかしげ、安堵しような柔らかみのある笑みを見せる。


それから後ろ手にしていた片方を見せ、右手は拳銃を握っていた。

握る手は、握る物の矛先を定めようとするように、位置を移動させていく。

わたしは咄嗟のことに何も言葉が出なかった。


「なにしてるの?!あんた!?」

ハッとし、前方のアイリスの姿が目に入る。口が開いて見えた。

視線の片隅、雛尖は構う様子なく、銃を持つ手を動かしていく。


「ああ…もう…」

溜息のような声は、噴出したように漏れ聞こえ、彼女は拳銃を自分のこめかみに当てた。

わたしは慄き、彼女を止めようとその拳銃に向けて手を伸ばそうとする。

そのとき、彼女の表情がわたしの手を一瞬、止めた。


泣いていた。


目から涙はとめどなく流れ続けており、

「…わたしは…もう…だめみたい…」

呟きは幻のように儚く、

引き金に当てた、指がゆっくり動いていく様子が、実に暢気に、

スローモーションのように、目についた。


わたしの体はまるで目の前で事故を見た瞬間のように、硬直してしまっていた。

ただひとついえるのは、わたしはすべてに唖然として茫然自失となり、目の前で何が起こっているのか?理解しながら、理解できていなかった。

指が動こうとしている。

もう間に合わない。



銃声は鳴らなかった。


彼女はまだ生きていて、鼻水さえ垂らし始めていた。


彼女の手は固定されており、

「えっ?」という当人さえも予想外、といったような動揺する声を聞かせてきた。

その手を掴む太い腕の持ち主は突如として現れたように見え、

その男は彼女の背後に立って彼女を見下ろす形で居り、


「絶望するのにはまだ早い」

精巧な豹のマスク越しに、猛獣のような低くこもった声で言う。




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