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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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40


血まみれになった己の手を眺めると、一度、深々と目を閉じた。

それから目を開ける間もなく、干乾びた様に乾燥し始めた両手は震えを纏いながらナイフを滑り落とした。

じんわりと体が火照り、鼻腔は嗅覚を機能させずただ無作為に空気を吸い込み、荒い呼吸となって吐き出し続ける。

足元に目を向け、倒れる少女に目を向ける。

既に顔は原型を見せず、ただ左の目玉のみが眼窩に収まり重力の下敷きとなった右目のその行き先は不明。

歩ませるように、ひたひたと、手前の床から視線を奥に向けていく。

赤海のようになった床全体には死体が浮かぶように散乱し、彼ら化け物は歴然とした原型を留めず、ただほうられた生ごみのようにだらしなく、身体をゆとりある服袖のようにだらんと垂らし、大きな口を開いては欲望を吐き出しているように倒れ続けていた。

もう一度、紅色の手袋をはめたかのような両手を見つめ返し、先ほどのことを回顧する。



「みなごろし!みなごろし!」

雌であろう般若のような面構えをした三毛猫の化け物が興奮して叫んでいる。

ぼくはもう始めてしまったから、ここから後戻りはできない。

そう覚悟するといっそうナイフを強く握り締め、

辺りに居る魔物が何人もこちらに形相を尖らせ、馬乗りになろうと、飛び掛ってくる。

それをバッサッバッサと、ナイフを振りまいてなぎ払う。

鮮血が辺りへ盛んに飛散り、バケツの水に溶かした赤絵の具の液体をほうっているかのようにあたりは嫌悪を伴って赤く染まっていく。

それでも怪物どもは蟻のように沸いて出ては、途切れることを知らぬように姿を見せ続ける。

こちらを尖らせた目で見ては、嬌声を上げ、背中の羽を見せ付けるように後ろを向く。

何をさせるものかと追いつきざまにナイフを突き刺し、各種さまざまな魔物は倒れ、膝をつき、出血を見せる。甲高い魔物の声は耳に張り付き、背中がこそばゆくなってしまう。


「早くあいつを抑えろ!」

怒号のような叫びは反響するように耳へ入るとこだまする。

「やめろ!うるさいだまれ!!」

相殺しようとぼくも怒鳴る。

「まったく賑やかだわね」

傍に居るウソレもまた髪の毛、目元の先まで返り血で顔を真っ赤に染め、その血を拭いもせず、銀髪は赤髪に。けれどその姿を好意的に受けて入れるようにさえ見えた。その表情から。

「あいつらを、どうかしてくれよ!」

「あいつらって、あそこに群がる魔物?」

顎で指す先には、こちらの武器を警戒し、群れを成しているがこちらの様子を伺い、襲ってこない魔物の集団の姿。


「魔法で前みたいに、なぎ払えないのか?」

「無理よ」

「どうして?」

「だって、私はあなたのパートナーであって、あなたではないもの」

「はっ?」

「わたしは何もしない。いつだって、なにかするのは(・・・・・・・)あなたなのよ(・・・・・・)

「こんなときに非協力宣言かよ!?」

「そうかもね」

「肝心なときに役に立たないのかねえ、魔女?って言うのは!?」

「ええ、なんとでも言えばいいわ」

「役立たず!」

「あら?そんなこと、言っていいのかしら?」

「どうして!?こんな危機的状況、突破できなきゃお前だってやばいだろ!?」

「わたしは大丈夫よ…たぶん」

「たぶんって、どうする気だよ?まさか…相手に取り入れようって言うのか?」

彼女は蒸れる体を仰ぐように胸元の布地を掴んではたつかせ、そのまま服を少しはだけさせながら

「まあ、それもいいかも」

と目元を動かさずに口角を上げて見せる。

「ふざけるなよ!ぼくを見捨てる気か!?」

「そんなつもりはないわ。冗談よ。冗談」

「この状況も冗談にしてもらいたいもんだ…」

ぼくらを囲む魔物は時間と共に数を増しており、どうやら応援を要請している様子。

奴らはじりじりと引き摺るようにして足を動かし、こちらとの距離を詰めようとしている。

出口へ向けての隙間はない。ぼくらはもう袋の鼠だ!



「な、なあ、魔法が使えないって言うなら、何か妙案はないのか?」

「そうねえ…」

彼女は焦る素振りもせず、透き通るような頬に手を当て頭を少し傾かせた。

実際、近くで見ていても顔に汗ひとつ掻いていない。


「…あるわ」

「なに?!すぐ教えてくれ!」

「そのナイフ」

彼女はほっそりと白く長い人差し指を伸ばし、その先にはぼくのナイフ。

「自分の腹に刺せば、解決よ!」

「馬鹿っ!」

「…もう、冗談よ」

それからムッとするぼくの顔を見て「きゃはは」と場違いに、児童みたいに声を上げて笑った。


「…ここから無事に出られたら、覚悟しろよ」

「ええ。いいわ。なんでもしてあげる」

「なんでも?」

「うん、なんでも」

「ほ、ほんとうに?」

「だからそういっているじゃない!」

血まみれの服を触りながら、彼女はうっとおしそうに言う。

ぼくはふう、と一呼吸を静かに吸い込むと、はあ、と大人しく吐きだす。

血走る目玉から注目されることにも疲弊し、飽き飽きして感じると、もう何も恐れまい。

ナイフのグリップを腹に付け、自分の生が未だあることを微かに実感するとそれは微かにも勇気を与え、気持ちを幾分も落ち着かせると同時に鼓舞をする。

思い切り腕を伸ばすと刃先を先端として突進。

やけになったと言えばそれまでだが、妙な万能感が全身を覆い、恍惚とした感情は栓の抜けたい湖みたいに、どんどんと裏地に向けて溢れ出てきているようであった。


どうにかなる!

どうにでもなる!

そうだ。

ぼくはこの異世界では怪力の持ち主。

無敵の超人なのだ!

そうした思いを想起すれば身体は躍動し、バク転どころか二回転半すら用意に可能と思わせる。

魔物の群れへと直線状に走り、距離がすぐさま狭まりやつらの醜態が視界に拡大されていき、嫌悪に眉を顰めそうになる。すると化け物の先頭に居る個体はちょうど、目をご多忙に逸らしていた。


反応が少し遅れる。なんという幸運!

ぼくの先手はつまり無事に功を奏したわけだ。


ひとりの腹部に突き刺し、すると相手は雪崩のように倒れこみ荒波のように恐怖が波及し、後ろに軒並む奴らも叫びを上げると、狂乱したように手足をばたつかせる。

こうした勝機を逃してなるものか!

突き刺さったナイフを抜き取ると、前進しながら思い切り手を振る回して鎌のように扱い、

赤雨の梅雨を作り出す。


「危ない!!」

ウソレの叫び声に驚き、振り向けば、

目の前には体長二メートルはあるヒグマのような怪物。

毛深い腕を振り上げ、鋭利な爪を備えて目に入り、

ボールを投げるように振り下ろしてくる。

途端、それは子猫のように吹き飛んだ。

それを、眼前でぼくは眺め、唖然としてその欠片を見送った。


彼女の上半身が。

未だ脚だけ根を生やした様に立ち、吹き飛んだ上半身はおおよそ右半身。

顔が半分になり、ぼくはその背中を呼吸することも忘れて見続けた。


彼女は、ぼくを庇って死んだ。





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