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署の外観に異常は見られず、三人で周りに目を配りながら、慎重に移動を開始した。
気取った板チョコのような外観を持つ扉、そのような正面口は記憶どおりで目の前に立てば難なく開き、署内へようやく足を踏み入れる。だが一歩踏み入れるとすぐに違和を感じ始めて、背汗にシャツが引っ付く嫌悪を味わった。
「…ねえ、静か過ぎない?」
足を止めて二人に問うと、アイリスはハッとした表情を見せながら目を合わせて頷き、雛尖のほうは未だ周りに目を配っていた。その横顔は血走った目を示すようにしながら瞬きを見せず、眉をひそめた表情は苛立ちを示しているようだった。
わたしはアイリスに頷き返すと、再び足を動かし始める。
ゆっくりと、二人の呼吸が耳に聞こえてきそうなほど静まり返ったこの場所は、まるで深夜の廊下を思わせ、それにしたって静寂とし過ぎている。窓に吹き付ける微かな風音さえも響き渡りそうであった。
歩みを進めれば、
”コツッ、コツッ”
と足音が独立する第四者の様に存在を主張し、反響して四方から聴覚を刺激すると喧騒さも与えてくれる。
未だ影が落ち切るには早い時刻、真っ直ぐに進み続けると行き止まりでありひとつの自動ドア前にたどり着く。正面口同様、電気系統に異常はないようで、眼前にまで近づくと自動ドアはその機能を果たした。
「…なによ、これ?」
ドアの先には、デスクが軒並み今朝の訪問時には三十人ほどの職員が見て取れた。
それが今現在には、誰も居ないのだ!
唖然としながらも周囲のデスクに目を向ければ、各々の上には雑多に物や書類が置かれたままであり、紙コップすらいくつか見て取れる。中身も未だ入っているようだった。
「…いったい、どういうことなの?」
荷物はそのままで、署員のみが忽然と姿を消したかのような光景。
異常性に対し思考を働かせる前、最悪の展開を想像するのを忌避するように思わず振り返れば、横でアイリスは口に手を当て目を見開き、
「うそ…なんで…誰も居ないの?」
とかすれた声を出す。
そのさき、雛尖のほうを見ると彼女はその大きな目をわたしと合わせた後、すぐ逸らしてアイリスのほうへと視線を動かす。それから途端に顔を俯かせ、猫背気味となって床に視線を落とすと涎をたらす様に口を開けて小さくニヤけ、
「…なるほどね」
と呟いて聞こえた気がした。