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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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「ごめんなさい。さあ食べましょう!冷めないうちに」

ウソレは顔の前で手を合わせてほんの少し頭を下げる。

それから上げた顔が見せる表情は年齢相応の少女さを思わせる無垢な笑み。いたずらっぽく口角を上げ、にししと目を細めて愛嬌たっぷりにそばかすと笑う。

先ほどとは打って変わって印象がだいぶ違う。さっきまではまるで…そう、老年の貫禄を思わせ、小学生と大学生ほどの年の差を感じさせるぼくらの見た目を逆転させたようであった。

それが今では一端の小学生と言ったところか。

けれどぼくはそんなウソレの表情に安堵し、ようやく飯を今度こそ、このビーフチューっぽい料理を口に運んだ。味としては…あまり空腹でなくてよかった、と言う意見を残してば、おそらく参考になるだろう。

そのあとは、実際、情報集めへと町の中心部へ向かい始めた。


「そういえば、ここに来たことがあるんだろ?じゃあ町長さんとか知っているのか?」

「ここに町長なんて、居ないわよ」

「えっ!?ほんとうに?」

「うん」

ウソレは小動物みたな仕草で頷く。目が丸々と大きいので、まるでネコみたいだ。


「じゃあ、この町の責任者は?取り決めとか、どうしているんだ?」

「それは、カヌレさんが仕切っているわ」

「カヌレさん?」

「そう。町の決定権を持っているの」

「それって町長じゃないのか?」

「私も最初はそう思ったわよ。けど、違うんだって」

「どう違うんだ?」

「違うっていうか…そうね、ここの人たちはそのつまり、”町長”って言葉を知らないの」

「はあ?」

「ううん。それだけじゃないの。この町の人はね、役目名や役職名がないの。だからみんな、単純にただ名前で呼び合ってるの」

「それって不便じゃないのか?」

「どうなのかしらね。訊いてみれば?」

…。変わった町だな、と言う印象を抱かせるには十分な動機だった。


「とにかく、会いに行きましょう。前は魔王になんてわたし、何も訊かなかったから」

そう言って意気込みながらもウソレはそこから明後日の方向、つまりぼくたちが歩いてきた道のほうへ向けて歩く。

「おい、どこ行くんだよ?」

「ん?厠…かな?」

「トイレ?」

「いちいち訊かない!」

「でもさっき…」

「女には、いろいろとあるの」

ウソレは上半身だけを振り向かせて、唇に人差し指をキスさせる。思わせ振りに少女が言っても説得力はなく、どこで覚えたんだ?そんな仕草とその言葉?と思わせるのみで、だが歩き出した彼女はそれ以降は聞く耳を持たないようであって、仕方がないので暫し立ち尽くして待つ羽目に。辺りには注視するに値する物も特になくってぼぅっとしていると


「おたませ」


と女性の通る声。

振り返ると、ぼくの背丈と同じ…いや若干高い、紅色のドレスを纏った大人の女性がそこに居た。

色めかしい格好と思うのは、ある種のドレスのように鎖骨付近を大幅に露出し、胸の半身を覗かせるから。寧ろ胸を強調するのを前提とした服装であって、その厚みを堂々と見せつけるからであり、んっ?と首を傾ければ靡く銀髪は良い芳香を振りまいた。

未知との遭遇に沈黙をすれば、裾から見せるスラリと長い足は黒タイツに染まり、カツカツとヒールを履いた足を遠慮なく近づいてくるとぼくの傍に立ち、腕を取ってニッと表情を緩めて笑う。


「さあ行きましょう!」

「ちょ、ちょっと人違いじゃあないですか!?」

胸を腕に当てられ、弾力を感じる二の腕に神経は集中しており、心拍が急上昇。

「え?」

女性は腕を放さず、戸惑ったような声を出す。

それから顎を引いて顔を思い切り伏せると、…ふふ、ふふふふふ、との声と共に肩が揺れ、


「わたしよ。よく見て」


え?戸惑いながらも言われたとおりに顔をじいと凝視。そのときにはチラリと見つめ返して視線ががっつり合うものだから照れによる反射行為は無意識で、視線を横に逸らそうと。すれば、両手をぼくの頬に当ててきて、ぎゅうううと頬をホットサンドのように左右から押し付け固定し、ぼくの顔を強制的に真正面へと向けさせてくる。

ぱちりとした大きな目に、透き通るような肌に細く高い鼻。赤々とした唇は色気以上に妖艶さをかもし…どこから見ても端正のとれた美人。「目を見て」

言われて従い視線がまじまじと合うと、その翡翠色の瞳は窄むように細まり微笑んだ。


「…その目の色って、まさか…」

「そうよ」


”ウソレ”と名乗る前に、その顔は次に「にしし」と歯を見せて笑い、今度は若年の面影を垣間見せた。


「本当にウソレなのか?」

「そうよ。分からなかった?」

若干低くなったものの、その声音は確かにウソレのものであり、けれど体格に関して言えばまるで違う。月とすっぽん、いいや、これはもはや詐欺レベルの差異。店頭メニュー写真の厚みのあって俵のような牛肉100%ハンバーガーを注文したら、ロードローラーで潰されたようなぺちゃんこ屑肉ハンバーガーが出てきたようなもの。


「驚いたな…」

「魔女だからね」

両手を腰に当て、胸を張るように若干反り返って言い、張られた胸は彼女の誇示する自信以上のものをぼくに見せ付けてくるので、思わず釘付けになる。

「そう…なのか?」

「うん」答えてからウソレは視線の集中先に気づかれたようで、「…ジロジロ見ない!」と言って半身を翻して腕を胸元へ覆わせる。「この助兵衛が!」

そんな格好をしている奴に言われたくはない!なんて反論する前には今度、正面立って見せると次にシュッと体が少し縮み、「ね?こんな感じにできるの」と手で落ちそうになる服を押さえながら言う。


「へえ便利なもんだな…」

「まあね」

シュッと今度は元の女性、さっきの大人の姿に戻った。すると服もジャストフィットし、ぼくの視線は再び帰還した。‥その前には、「見過ぎ!」と甘噛みの如く注意喚起のやさしい平手打ちが、ぺチン、と小さく響いた。「今度、そんな顔で見てきたら本気で打つからね!」


「でもどうして?」

今度は紳士らしく目を見据えて真面目に訊くと、「何が?」

「だから、どうしてその姿に?」

「ああ、これ。前にね、来たときにこの格好だったの。だから、カヌレもこの姿しか私のことを知らないから。それに、少女の姿じゃあ相手をしてもらえないわよ。きっと」

「そう?」

「そうよ。ここの人たちは案外、教育熱心なの。だから子供相手にはいつだってそれ以上の態度はとらないの。なんだったら、あなたも…」

「ぼくも?」

「…いいえ、なんでもないわ。さあ行きましょう」

そうしてぼくは大人の姿となったウソレに従い、そのカヌレさんとやらの元へと向い始めた。




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