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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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「わたしね、実はあそこのこと、知ってるんだ」

町へ入る手前、ウソレは振り向いてぼくに言い、「ええほんとに!?」と反射的に聞き返せば、彼女は優雅に頷いた。まるで”すべてを知っている”と言わんばかりに。


外界と町との境界線には分かりやすく大門があり、だからと言って別に町自体が外壁に囲まれているわけでもないので、門自体は入り口を単に示すのみであって、常に開かれている辺りは存在のハリボテ感を思わせた。

いざ足を踏み入れようが門番が居るわけでもない。出迎えてくれる者さえ居ないが、ある程度は栄えている町らしく、前方目を凝らさずとも人の行き来は活発で、出店のように物を並べる商店らしきものが軒並ぶ通りも見える。そこでは商人らしき荷物を背負った者が活発に行き交っている様子。人口も今まで見てきた村に比べると倍以上は居るように思えた。


「ほら、見て!」

舗装された煉瓦色の道に沿って少し進むとウソレが前空に腕をさし、見上げるとそこには巨大な円柱のような塔。

遠目からも見えていたものだ。

「実際、近くで見るとすごいな!でもあれは何なんだ?」

「それよ」

ウソレはチッチッチとメトロノームみたく人差し指を揺らして見せ、


「それはね実際、ここの人たちも分かってないの!」

「えっ?分かってない?」

彼女は得意げに頷く。

「そう。前に来たときにね。私も気になって訊いて回ったの。でも誰一人として、あれが何かを知らないの。正確には」

「正確には?」

その言葉に違和を覚えて思わず繰り返す。

ウソレはうん、と頷いてから一呼吸おき、「なんでも、町を作るときからあったらしいの。ううん、だから正確にはね、町があってあれが建てられたんじゃないの、あれが建っていたから、ここに町を作ったの…そう言っていたわ」

「じゃあ崇めているのかな?」

「そう!そうなのよ!」

よくぞ言ってくれた!と言わんばかりに大振りに頷きながら急に大声出して捲くし立てるのだから、こちらとしてはギクッとして身を窄めそうになる。急激な高揚っぷりへ訝しげに目を向けると、次に彼女の表情はニヤついてた。


「わけもわからないものを、”神秘的”っていう妄想のみで、神聖なものとして崇めて居るのよ!これ以上に滑稽で、面白いことってある!?」

そう言い口に手を当てて、それでも笑っているのははたから見ても一目瞭然。

近くに町人が居り聞いていたら、あからさまに煽っているように聞こえただろうな…と思ってすぐさま首を回すが、幸いにも人は周りに居らず。


「ここでの神様ってことか…」

ほっと一息ついて改めて塔の全貌を眺めながら口を開くと「ええ、そういうこと」と横から相槌が入る。

「でも、神様なんて、結局は誰も見たことがないんだから、同じことなんじゃないのか?」

チラリと横に視線をくれながら喋った。

するとウソレは口をへの字に閉じて「ううう」と眉を寄せ低い呻きを漏らすと、「でも、でも、あんな、無機質な、ただでかいだけのでくの坊を、崇拝するって、馬鹿らしくない!?ええそうよ、そうよね。馬鹿よ。馬鹿!あんなものにすがって生きるなんて、どうかしてる!ねえそう思うわよね!?」

またもえらく興奮した様子で瞳孔は開き、口元には不安げな曲線を描き、頬をひくひくさせて持ち上げる表情。

無作為な笑みに正直、何事かと危惧するも言葉には出さず、口を閉ざしていれば彼女のほうもこちらの言葉を待つように何もいわない。


「…でも信仰は自由だろ?」

沈着冷静に、諭すように答えると、彼女は不機嫌そうに口を閉ざして「ふん!」と貌を翻した。

何だよその態度?

さっきからの妙な情緒不安定さに、こちらが不安になってくる。

それからもウソレは不機嫌な態度が続いて、「まあとにかく町の様子を見て歩こう」と提案した際にも口を閉ざし、ただ歩くと後ろにはひょこひょことしっかりついてきた。それでも回る最中には口を聞いてくれず。

ようやく懐柔したのは、歩き歩いて行き着いた先。

休憩と入った食堂、同時にバーらしきもある雰囲気のお店で、西部劇に出てくるような手動式のオープンドアを通れば、店内は樽模様の机と椅子。立ち飲み屋かと思わせるほど座席の少ない内観で、荒々しい男どもが酒盛りしているのが嫌でも目に入る。できるだけかかわりたくないな、と思って慎重に忍び足気分で進めば、閉められた窓の手前。椅子あり四人席のテーブルに二人で向き合って座り、遅れてきたウェイターに注文する際。

久しぶりにウソレの声を聞いて、それを皮切りに、会話は再開された。


「それより、これからどうする?」

「どうするって、あなたはどうしたいの?」

「ぼく?そうだな…とりあえずは情報収集かな」

「何の情報を集めるの?」

「それは…決まってるじゃないか!この旅の目的!この世界で魔物を統括する親玉、魔王を討伐するための情報さ!」

「ふーん」

「…乗り気じゃない?」

「わたしにはべつに、どうだっていいことだもの」

「どうだっていい?魔物が蔓延っていても?」

「別に。だって、魔物なんて、そこいらにいる、巨大な昆虫みたいなものでしょ?こちらから何もしなければ、あっちだって何もしてこないわよ」

「そう…なのか?」

「そうよ。向こうだって、きっとこっちに興味なんてないわ」

「で、でも、前の村では実際に魔物によって被害を被っていたぞ」

「だってそれは、村の方にも、問題があったんじゃなくて?」

「そんなわけあるか!理不尽に、一方的に、生贄をよこせって要求してくるんだぞ!」

「ずっと昔から?」

「え?それはそうだろう!…多分」

「いいえ違うわね」

「どうしてそう言い切れる?」

「同じような例を見てきたから。いい?そういうのはね、もともとは村側から起こしたことなのよ」

「…どういう意味?」

「きっと最初は、そこの魔物だって、人間を食らおうなんて、思わなかったはずよ。それがどうしてそうなったか?ふふっ、簡単よ。人間がその味を教えての」

「…人間が?」

思わず唾を飲み込むと、その姿を見透かしたように、ウソレは舌を少し出して己の唇を拭った。それから恍惚とする表情の準備運動みたいに再び口を開き、

「そう。つまり最初は人間のほうから(・・・・・・・)みずから進んで(・・・・・・・)生贄を差し出した(・・・・・・・・)

なんて嬉々して語る。


「そんな馬鹿な!?」

ぼくは勢い余って思わず立ち上がって大声を出し、一瞬静まり返る店内。

途端、注目を浴び、萎縮して席に着く。


「そんなことがあるはずないだろ!」

今度は声を潜めて反論。

「豊作を願ってのことでしょうね」

構わずウソレは持論を続ける。

「凶作続きで飢えに苦しみ家畜は死に絶え家族は衰弱。眠れば明日の朝日が目に映るか、死が迎えに来るかの毎日。そんなときに頼るものはなに?」

「…神様にでも祈ったってのか?」

「そうね。きっとそう。あなたも立派な人間だもの!正解よ。人間はね、どうしようもない絶望に出くわすと、途端に助けを求めるの。それも人智を超えたものに」

「それが魔物だっていうのか!?」

「目に映るものだったら、何でもよかったのよ。でも、まったく目に見えず、盲目となって敬虔にお祈りしても一向に助けてくれない神は、はたして彼らにとっての神かしら?それならずっと、目に見える形で屈強なものに屈したくなるものなのよ。‥実際にね」

言葉尻、ウソレは俯くように視線を自身の膝へともたげた。それは体を、椅子を通り越し、床を漠然と見つめているようだった。


「じゃあ、そのときに、自ら進んで生贄を…村側が魔物に呈した?」

「運が悪い…いいえ、タイミングが悪かったのは、ちょうどそうしたあとに恵みの雨でも降ったんでしょうね」

頬杖を着いてそっぽを向き興味関心のないよという風体、他人事のように言う。


「その習慣がそれから今までもずっと続いているっていうのか?馬鹿な!流石にありえないだろ!」

「どうしてそう思うの?」

「彼らだってそんなに馬鹿じゃない。それが魔物のおかげだって、今でも誰が信じる?」

その時、はいおまちどうさま!といって、料理が運ばれてきた。

ウェイターは貴婦人のような目の青い、黒服に白のエプロンをつけたメイドのような格好をした女性で、はきはきとした口調に屈託ない笑顔には覇気があり、どうぞゆっくり味わってくださいね!と言葉を残すと足早に去って行った。忙しそうだな、とは行動からも存分に思わせ、前へ向き直すとウソレが不機嫌そうな表情でぼくの目をじいと見ていた。

睨まれているようであって、硬直していると、


「食べないの?」

と訊いてくる。


「食べるさ。きみのほうこそ食べないのかい?」

「食べるわ。お先にどうぞ」

互いの前にそれぞれの料理が既にあるのだから、先も後もないと思うのだけど。

そう考えながらも、皿に添えられたスプーン形状のものを握ると、ビーフシチューそっくりのこの料理に向かわせる。適度に救い上げ、さあ口の中に…、としたところ。

「ねえ」

とウソレが声をかけてくる。

その絶妙なタイミングのおかげで動作を止め「何っ?」と少々苛立ちをこめた詰問口調に彼女はふふふと笑った。


「ねえどうして、それをそんな素直に食べようって思えるの?」


彼女の質問に戸惑い、正直、意味を掴みかねていた。


「どういう意味?」

だからスプーンをいったん皿へと戻す羽目に。


「だって、その料理、毒かもしれないでしょ?」

「ば、馬鹿なこというなよ!!失礼だろ!」

ぼくは周りに聞こえていないかで冷や汗をかき、背中が若干、ひんやりとした衣をまとった。


「同じことよね」

「同じ?何が?」

なんのこと!?と続けざまに言う前には、

「だって、あなたは信じている(・・・・・)わけでしょう?それに毒はないって」

「当然だ!」

「どうして?」

「どうしてって…毒を盛る飯屋があるか?」

そんな店があれば、すぐさま営業停止で廃業だ。


「いいえ、あったってべつにおかしくないわ。ねえ、このお店に入るときに、しっかりと看板を見た?」

えっ?と思い出そうとするが、定かでない。答えあぐねていると


「このお店ね、看板には”自殺幇助加盟店”ってあったわよ!」

「なっ!!」


思わずスプーンを手放し、動揺して反射的に立ち上がりかけると「落ち着いて」。

お前のせいで落ち着かないんだよ!と思いながらも腰をかけると、「ふう」と相手は小さく一呼吸。

しかしそれは笑みを堪えてのことだったらしく、我慢しきれず「ふふ…あはははは」と笑い出した。


「さっきのは冗談よ、冗談」

「!そんな冗談にならないような、冗談言うな!」

憤りを込めていうと、笑っていた声が止み、手のひらで上品に口元を隠していたその顔。

そのまま上目遣いにぼくのほうを見て、手のひらを外して、次に唇を開けて見せる。


「そういうものでしょ?信仰っていうのは」


鋭く上がった口角に付き添う冷淡な口調は、どこか自虐的だった。




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