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惑星間トンネルの駅に待ち合わせは一時間後で、遅れずに行くと来栖は既に来ていた。
「待たせたかな?」
「大丈夫、わたしも今ちょうど来たところ」
「それはよかった」
「ええ。もうバスも出るところよ」
「ちょうどいいね」
「準備はしてきた?」
「なんにも」
そう言いぼくは空の両手を示して見せる。
「で、コロニー2145には何をしに?」
「着いてから言おうかと思っていたけど…いいわ、そこはね、おいしいカレーパンを出すお店があるって有名なの!」
「カレーパン?」
「そう、この前に話したじゃない?」
「ああ、そうだった。きみの好物なんだよね」
「そうなの。だから…」
「なるほど」
「気に入った?」
「カレーパン食べるためだけの遠出か…いいね」
「…表情は雄弁ね」
「そう?」
「ええ。でも大丈夫。食べれば分かるわ」
「じゃあ期待するかな」
「どうぞご勝手に」
そんなやりとりのあとには切符を買い、惑星間トンネルを行き交う光速バスに乗車する。ただしコロニー2145は少し辺鄙な場所にあって、平易に言えば端っこであり隅のほう。
物好きでなければ行かないであろうほどには入り組んだ先。
乗り換え四度を行い、ようやく着いたのは二時間後だった。
駅を抜けると空には所々で群がる人工雲。透けるように彼方は海のような青色が広がり、照明具合からして今日はどうやら雨上がりの晴天らしかった。
「変わったコロニーだね」
「どうしてそう思うの?見た目は地球の街とそんなに変わらないと思うけど」
「だってほら」
ぼくは後ろポケットから携帯端末を出した。
すると勝手に電波を受信し、立体テレビが自動起動。
『ようこそコロニー2145へ!』
出迎えたのは金髪でアイシャドウの濃い、アナウンサーらしき女性のホログラム映像。リバイバルブームを彷彿とさせるダークブルーのワンピースらしき服装に、目鼻立ちを強調する化粧、赤々とした唇は何処かの原住民を思わせたほど。
『只今の気温は21℃、雨の心配はありません。そのほかのニュースとしましては…』
女性は淡々とニュースを読み上げており、自動で配信させる映像とは珍しい。
少し二人で見入ってから目的を思い出し、
「カレーパンが有名なそのお店、場所って分かってるの?」
そう訊くと、
「この時代に迷子になる人っているかしら?」
と彼女。
「ぼくたちが第一号かもよ」
「あら光栄ね」
「そうなれば、次には人生の迷子に陥るよ」
「社会的な評価を気にするのね進くんは?」
「まあ人なりには」
「そう」
「うん。それで場所って」
「ここよ」
歩いて会話し、目の前にひとつのお店。
店の一角には旗が飾られ、中央にはエンブレムのような絵。
それは狐色の円盤のようだった。
「近っ!」
「ね?迷わなかったでしょ?」
「じゃあぼくたちが今世紀の迷子一号目にはならずに済んだわけだ」
「人生の迷子は大丈夫そうなの?」
「それは、きみ次第かな」
なんて決め台詞を言おうとした瞬間には彼女は取っ手を掴み、引き戸をあけて中へ。
続けてぼくも店内へと続いた。
なかは外見からの想像どおり、あまり広くない。
乗車してきた二十人乗り光速バス内部の広さと、面積としてさほど変わらないだろう。
目の前の少し先、一面には腰ほどの高さがあるショーケース。
そのなかに所狭しと、さまざまなパン。
ちょうど先客は居らず、コーンコンコンと個性的な時計の音が鳴り、目を向ければ二十時を指す。
ショーケースの向こうに立つのは大男で、身長はおそらく190センチほどはあって、重力に逆らって伸びるつくしみたいだ。尤も、体は太く筋肉質で、随分と栄養に貪欲なつくしのようだけど。
「…いらっしゃい。あれ?お客さん、もしかして地球から?」
男は時計に向けた目をこちらに向け、ブスッとした表情をまず見せたが、声をかけてくると同時に和らいだ。
「ええ。そうです。でもどうして?」
「やっぱり!いやね、地球からのお客さんは何かね、こう少し違うんですよ」
「違う?」「ええ。それより何にしますか?」
そう言われて改めてショーケースに目を向けるが、よく見れば大半のパンはホログラムであって小さく「ソールドアウト」の文字。実際にあるパンは僅かの様子。しかし口頭での注文形式とは珍しい。
「じゃあカレーパンを」
彼女が言う。一瞬、チラッと確認するようにぼくを見てから「四つ、お願い」
「了解。お客さんたち、運がいいよ。残りはちょうど四つだ」
そういって上機嫌気味に男はショーケースからカレーパン四つをトングで掴んで袋につめていき、「ええ、ありがとう!」と外向けの笑顔を見繕う来栖。
「にしても、このコロニー変わってるね」
ぼくが何気なく言うと男は動きを止め、「といいますと?」
「いや、街に入った瞬間、勝手に映像が…」
「そうなんですよ!!」
男はショーケースの上部に手を着き、身を乗り出してくる勢いで言う。
それから周りに目をやり(ぼくら以外、他に誰も居ないのに)、ショーケースへさらに寄るようにと手招き。示すままに近づき、するとぼくらの耳を要求。二人して片耳を寄せると、男は顔を近づけ声を潜め「実はここのコロニー、国営放送があるんです!」
「国営放送?なんですかそれは?」
「まあ独特の法律ですから知らないのは無理もないでしょうけど。ここでは国営、つまりこのコロニーの政府が放送局を持っているんです」
「へえ変わってるんですね、面白い」
「そんな暢気なものじゃないんですよ!」
「どうしてなの?」
彼女があっけんからんとして訊くと、男は顔を蛸みたいに顔を赤らめ、
「有料なんです!」と叫べないのがもどかしいように、憤りを表情に宿し顔を震わせながら言った。
「有料!?まさか」
「本当です」
「でも別に見なければいいんじゃないの?」
彼女がまたも落ち着ききった表情で諭すように言うので、店長のほうは歯軋りしそうな表情を作って「そうしたいのは当然なんですけど、強制的に視聴料を徴収されるんですよ!それも拒否権はないんです!!」
「拒否権がない!?」
彼女もここでようやく驚いた表情を作って店長の満足を誘い、「…いかれてるわ」と続けた彼女の言葉に猫だったらごろごろと喉を鳴らしたであろう、恍惚とした表情を男は見せた。
「でしょう?いかれてるんですよ。このコロニーの政府は!」
「でもならなんで、ここに住んでるんですか?」
ぼくが訊くと店長は腕を組んで「お客さんたち、地球から来たんだろ?」
「ええ、はい」
「じゃあそれで、火星の重力に憧れたりするかい?」
「火星の重力に?いいや、しませんけど」
「だろ?ここで言いたいのは、人間、生まれたときからあるものには成れちまって、それに違和感も劣等性も、そして不満も抱かないってことだ」
「どういうことですか?」
キョトンとして尋ねる彼女に「なあ、お嬢ちゃん、俺はずっとこれが普通だと思ってきたんだよ。国営の放送局ってのはどこにでもあって、断る是非もなく、ただ金を払って見ようが見まいが、とにかく国営放送があって映像を垂れ流し、そこに住むものはただ金を払うんだってね」
「まあ酷い!」
「でもその違和感に、どうして気づいたんですか?」
そう聞くとこちらに顔を向け、憤慨する顔に光が戻ってこう言った。
「うちの女房が地球出なんだよ」