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次の町へと向う道すがら、荒野や野原、彼方に聳え立つ白髪頭の山々さえもすでに目を閉じようが追いかけてきそうなほど情景は焼き付いており、見飽きると、話題の果てに
「ねえ魔法って実際、いったい何なの?」
とぼくが一時、ふと思いつきでウソレに訊ねた事がある。
すると彼女は引っ付くようにしてぼくの斜め後ろについてきていたのだけれど、その歩く足を止め、熟考するように小ぶりな顎へと右手を添えると、地面に視線を落として見つめ上の空。
おーい、と手を振りかざしても無反応。
「…ねえ」
ウソレは寝ぼけ眼のような態度で突如声を出し、我にかえったように顔を上げ、こちらをじいと翡翠色の透き通る瞳で見つめてくるので動揺した。
「死って何?」
生真面目な貌でそう訊ねてくるのでぼくは意表を突かれたように体は硬直し、まるで急に目の前に暴走車が迫り身動きも思考もできないような状態に陥り、正直唖然としていた。
「はっ?」
だからこうした返事も当然で、尤も平常心において訊ねられても同様の返答をしただろうけど。
するとウソレはぼくのこうした反応を予測していたように「はぁ」と軽くため息を吐き、
「人間って、面白いものよね。本当に重要なことって言うのは、誰もが語りたがらない。どうでもいいことなら、延々と喋っていられるのにね」
と説法の如く言う。肩に乗るリスみたいのを撫でながら。
その達観したかのような、厭世の香りを漂わせるこの大人びた不自然な少女にぼくは怪訝な視線でまず応戦し、次に暫し熟考したかのように口を開く。
「死って言うのは、言葉じゃあ、言えない物なんじゃないかな?」
ぼくの返答に彼女は一瞬、ハッとした表情を示すと目を見開き、こちらの目を数秒じっと睨むように見つめてきた。
それから視線を斜下に外し、「面白いことを言うわね」と独り言のように小さくこぼした。
次に顔を上げ、「あ、そうそう、さっきの答えね」
言いながら人差し指を持ち上げぴんと伸ばし、クイズの答えを言うような、得意げな雰囲気を醸す。
「魔法って言うのはね、言葉じゃあ、言い表せないものなのよ!」
そう得意げに笑みを示し言うので、
「ぜんぜん上手くない答えだぞ。むしろ、魔法って言葉を詠唱してるじゃないか?」
等と追求しようと思ったが、えへへと笑うその無垢な笑顔に気圧され、「ああなるほどね」と、疑問自体どうでもよくなって適度に数回、頷いた。拝むように。
ウソレのほうから先に歩みを再開し、追い越されては追いつくように小走りになって横に着くと
「次の町までどのぐらいだろう?」と訊く。
返事はなく、ウソレは腕を水平に伸ばし前を指す。
「もうすぐよ!」
前方、微かに円柱のごとき高さを示す人工物らしきものが目に入る。
「蜃気楼じゃなければ良いけどね」
つぶやくと横で彼女は「くく」と薄っすら笑い、
「こっけいね」とまるでカレーに福神漬けを欲張って盛り付け過ぎて後悔している奴を見下すような声音で言う。
「なにが?」
ぼくが訊くもウソレは「べつに」と言って気分よさそうに足取りを軽くした。
なんだよそれ…。
ぼやきながらも、ぼくは後姿に追随した。