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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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それから本署へと戻る車内は沈黙が続きながらも「あっ鳥さんだ!」と雛尖が後部座席で上擦った声を出して窓の縁へ乗り出すように片側へ身を寄せると「かっわいい!」とまるでピンクのドレスを纏うような言葉を出すので窓の外に目を映すもそこには何もいない。



「ねえ、そういえば今日って、ニュートンって人の誕生日だって、知ってた?」

すでに飽きた様子で中央にどすんと座り直して雛尖が独り言のように喋り始めた。

「もちろん」

わたしは即答する。

「でも、発表した法則って、ずっと重要なものとして扱われてきたみたいだけど、このコロニーじゃあ、重力値が違ってるからまるで役に立たないのよね~」

等と陽気な口調で発し、わたしはムッとして口を開く。

「そんなことはないでしょう!基本的な体系は同じはずだし、それこそ、引力定数の値を修正すればいいだけのことじゃあ…」

ないの!?と偉人を小ばかにする態度に思わず憤ってしまい、口に出そうとしたところ、


「…ほんとうにそうかしら?」


と雛尖は籠絡する術を忘れたような笑みを見せた。

その表情に一瞬気圧され、口ごもるも、

「だって、現にこのコロニーでは…」

「はい、そこまで」

途中でアイリスが会話に割り込み、「もう着いたわよ、あんた達の座談会はあと!」と言ってわたしと雛尖との会話は打ち切られた。


本署に戻り入って進むとポスター画のような均一性の取れた職員一人の後姿が目に入り、黒髪を靡かせ歩く姿に雛尖が

「あっおねえちゃん!」

と反射的に叫んで駆け寄っていく。

相手は声をかけられ振り返り、そこには同一と思える人物が。


「本当によく似てるわね…」

思わずつぶやけば「姉のほうはね、右目のところに小さなほくろがあるの」

とアイリスが動物学者のように解説し、それがなければ見分けがつかないほどには似ており、背丈は姉のほうが若干高いものの、背伸びすればすぐに混じり合うほどの差異でしか過ぎない。

しかしほくろ以外にも明確な差異はあるようで、妹である雛尖は姉のデニッシュの腕へと自分の腕を絡ませるよう甘えるのに対し、姉のほうはそれを邪険に払おうとしていた。

「性格にも違いがあるようだけど?」

遠めに眺めながらアイリスに訊けば、「それは確かよ、明確にね」と苛々した声。

「とりあえず、行きましょう」

アイリスはそう言って一歩先に出ると、デニッシュに引っ付く雛尖を引き剥がして、わたしの方を一瞥してしんがりを促した。

黙って従い進み所長の所へと向えば、遠目からでも待ち構えているようにどっしりとデスクの椅子に腰掛け腕を組み、数メートル以上先からも視線が合致して感じたほど。


「随分と遅かったね?」

「はい、いろいろとありまして…」

「まあいい。それより次の行動だが…」

そういい所長はチラリと右下を向き、すると何かトコトコと床を伝ってくる物体。

「それもいっしょに行動をしてくれ」

「それ、ですか?」

目を向けるとそこには銀色をまとった生命体。といえば語弊があり、それを生命体と呼ぶかどうか昨今さまざまな場所で議論が白熱中ではある。しかしここでは便宜上、いちおう生命体とでも表しておこう。

「知ってのとおり、機械猫だ。しかし最先端のAI付だから安心してもらっていい」

「はあ」

こちらが気の抜けた返事を呈せば横で「かわいい!」と定例文句のような事を雛尖が言い、さっそく機械猫を抱き上げ「この子、名前はもうあるんですか?」と己の顕示欲を示すように言う。


「R-01FR01。こべつとしてなまえはまだないです」


その機械猫は流暢に喋って訛りを感じさせず「うそ!しゃべった!?」と雛尖は鼻の上にトンボが止まったような表情を見せ、アイリスは横で口笛を鳴らす。


「人工知能と言いますけど、役立つんですか?」

わたしが歯につく食べカスを意識するような心地で懐疑的なことを口走ると所長の目が鷲鼻のようになって「どういう意味かね?」と訊いてくる。

「いやだって、”知能”といったものに対して未だ真意が掴めない中、どうして頼れるような人工知能が作れます?」

「きみが突然、そんな面倒なことを訊いてくるとは思わなかったよ」

所長はホットコーヒーを注文したらアイスコーヒーが来たような表情をして髭を揺らすように喋り、凝視するように見つめてきた視線を若干横へ逸らした。


「それってつまり、見たことも聞いたこともない”ビーフシチュー”を作れって言われて、味と工程だけを聞かされて独自に作ったら”肉じゃが”ができた、みたいなこと?」

横で淡々と解説し始めたアイリスの言葉にわたしは曖昧に頷き、肉じゃがやら何か知らないが訊ねるのは無粋に感じて口をつぐんでもう一度、かみ締めるように頷いた。


「どちらもつくれますし、じょうほうもあるから、だいじょうぶです」

猫は鼻を鳴らすように喋って交互に視線を向け、「かわいい」と雛尖がその角ばった頭を撫でていた。



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