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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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「よろしくおねがいします!」


雛尖が笑みのまま言って体を少し折り、アイリスが横で透明のタバコを吸っているような息を吐く。

そのあと三人でパトカーに乗り、「ここまではどうやって来たの?」と訊ねると雛尖は後部座席で「歩いてですよ」と告げ、前部座席、横に座るアイリスがわたしに顔を寄せ「ネコをかぶってるから注意しなさいよ、あの子には」と耳元でささやく。

わたしは横目に雛尖の視線を捕らえながら小さく頷き、彼女は小鳥みたいに華奢な体をギュッとすぼめるようにして座り、か弱さを自らのストロングポイントにしているようであって、無垢を匂わせる橙色の瞳に少々の動揺を覚えた。

「それで今からはどうするんですか、アイリスさん!」

高揚のある声をまるで朝に鳴く雌鳥みたいな、邪険に扱うような顔してアイリスは猫を呼び寄せるように小さく舌を鳴らし、「署に戻るわよ」と振り向かずに言った。

「へえ、それからは?」

「所長さんに聞くんだね」

シーソーのように声音の段差を示す二人のやり取りに辟易して窓の外に目を映していると「あっ」、声を出してしまったかと思えば、「止めて!」と次には口にしていた。

車は急ブレーキ気味に止まると「どうしたのよ!?」というアイリスの声を横耳に聞きながらすばやく降り、眼前の光景が今度は見間違いではなく妙に安堵していた。


「人が倒れているの」

そう、人が倒れているにも関わらず!

「へえ」

後部座席から片足ずつを覗かせゆるりと降り立つ雛尖は、見下す眼に幸福感を備わせ他人の不幸から自分の幸福を算出するような頬の綻びに若干の苛立ちを感じさせ、視界を戻すと地面に倒れる人物はうつ伏せで「うう…」と小声で呻いている。

「大丈夫ですか?」

近づき声をかける。

あたりに血痕らしきものはなく、褐色の古びた上着を着ており、それにも染みらしきものは見当たらない。

「あら?」

雛尖が付近にまで来て疑問符を出し、次に「カンさん?」と声をかける。首元が少々動いたように感じ、「知り合い!?」と驚き振り返って訊ねる。

すると雛尖は試供品の口紅をつけて鏡に微笑むような、ひどく口角の上がった表情を見せると、喉の奥で淫靡な笑い声を響かせた。

「わたしを襲った男よ、そいつは」


「…はっ?」

思わず息を詰まらせてしまい過度な違和感を覚えると言葉が痰の様に出てきて、唖然とするわたしに対して次に無表情さを雄弁に見せ付けてから再びゆっくりと笑い、

「冗談ですよ」と言った。にししと笑う幼子のような表情で。

火照り滴る背汗に彩られた感情はどこかいびつで憐憫のかけらすら感じさせる手前、自己の欲求として求めるのはこうした不条理さに対する分別のよさ。けれどそれは求めようがすぐには教授されず、目の前の倒れる男性は呻き続け、意識混沌としている様子。

大雑把な足音に振り向けばアイリスがずかずかと歩み寄ってくる。と、しゃがみ込み、男の髪の毛を乱雑につかんで顔を上げ、確認をするとそっけなく手を離す。

「こいつ、犯罪者よ。間違いないわ」

言いながら手錠を出して男の手首の両方に装着させ、わたしは手錠なる物を生で見たことに対して微かな興奮が沸き立ちそれを隠すようにただ微動だにせずその行為をじっと見つめていた。

後ろ腕に手錠をかけられ「これでもういいでしょ」とアイリスは膝に気合を入れるようにして立ち上がり、「連行は救護班にでも任せましょう」と言って端末を腰から取り出し操作し始める。

眼を雛尖のほうへ向ければ、彼女の視線と衝突し「いきなりお手柄ですね!」と雛が餌を求めるような声を出す。

「そう?偶然だと思うけど」

「でもどうしてここに倒れているんでしょう?」

それはわたしが訊きたいわ。とする事を言う前に「もうじき来るって。わたしたちはもう行きましょう」とアイリスが背を向けパトカーのほうへ向い始める。

「このまま放っておいていいの!?」

わたしの声音にゆっくり首を回し「ええ、きっと懲りてるだろから」と言う。

「懲りてる?」

「そいつ、歯も相当折られてたわ」

「え…誰がそんなことを?」

「わかってるんじゃない?」

アイリスは首と体を横に振って言い、それはお土産ショップに売っている首に花輪を巻いた褐色の踊り子の人形が太陽電池で左右に動くのに似ていて吹きそうになるが、仕事意識は容易にそうした感情を上回り通常通りに頷くと、「つまんないなあ」と雛尖が黒髪を揺らしてつぶやいていた。




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