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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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車で向えば現場となった時計台のもとまではすぐで、箱型の建物に囲まれた道路をビュンビュンと飛ばしていけば、思惑を急かす様にさあもう目の先には大きな時計版が目に入る。


「なにもないわね」

横でアイリスがそうつぶやき、恰幅ある体をシートの上で苛立ち気に揺らす。

付近に人の気配はなく時計台のふもとまで行きパトカーを横付けるように停め、さっそく降りて眼下に分針が差すような場所に降り立つと、地平線がまどろむ前には目の先に淡い紅色に彩られた地べたがあり、その中心にはうつぶせに寝る体がひとつ。


「あっ」

思わずわたしは声を漏らして近づこうと歩みを寄せ、「ねえちょっと!?」と呼び止められて振り向いた。

目を真ん丸くしたアイリスが「どうしたのよ?」とわたしにせがむように訊ねてくる。

「だって、そこに…」

と振り返って指をさそうとすると、そこには何もない。

じんわりと常夏に描く背汗のような染みも地面からは消え失せており、

「あっ」

と再びわたしは声を漏らす。

「もうどうしたのよ?なにもないじゃない」

「ううん、確かにそこに…」

言いかけて口をすぼめ、目の前には確かに何もないのだ。

これ以上なにを言っても無駄であるのは明白で、ひしゃげた思いに狼狽を隠そうときびきびした足取りで踵を返そうとした。


「あなたたち、なにをやっているの?」

ほぼ同時、声をかけられて振り返ると、目に映るは先ほどにも見かけた女性警官。

日本人形を思わせる真っ直ぐに垂れ伸びた黒髪を従え、まん丸な目を慇懃に見せかけては、嘲笑気味にせせらぐ瞳に苛立ちを感じさせた。


「なにって、現場検証よ」

犯人は現場に戻るっていうからね、とアイリスの発言にわたしは言葉を沿える。

「犯人が現場に戻る?」

女はそういって頬をゆがめ、卑下を孕む視線をもたげると次に視線を眼上、壁時計のほうへ。

「何もいないみたいだけど」

「ええそうね。鑑識その他もろもろも」

「それならもう帰ったんじゃない?」

「あなたはここでなにを?」

わたしが訊ねるとその子は返事をよこさず、コツコツと艶めかしくヒールの音を靴の背で鳴らしてわたしのほうへと歩み寄ってくる。

「そういえばあなたって、新人さん?」

「ええそうなの。今日付けでこっちへ来たの」

「ふーん」

そういって彼女はわたしの体をじろじろと眺め、正面切って向き合うと身長はわたしと比べて僅かに小柄で、華奢な体系に膝もとまでのスカートから覗く脚はほっそりとしておりながら強健さを誇示するようにふくらはぎが若干盛り上がっている。

「あなた、名前は?」

えっ?

相手の言葉に戸惑うと見透かしたように「ふふ」と声に出して笑い、「姉のほうには会ったかもだけど、わたしは初よ」と言う。

「デニッシュとは双子なのよ、その子は」

横でアイリスが見飽きた手品の種明かしをするかのようなうんざりした口調で発言し、彼女は内面で舌打ちしたかのように顔を一瞬曇らせ、頷いた。


「はじめまして、私は雛尖(ひなざき)といいます」

先ほどと打って変わって上物の作り笑顔に自己紹介を沿え、著しい変わり映えに多少の狼狽を覚えて渇きに喉を鳴らしそうになる。それでも何とか持ち直してこちらも自己紹介を済ませ、「お姉さんとは随分と違う風体の名前なのね?」とイニシエーションのようにして問うと、彼女、雛尖は能面のような無表情さを外面に示しながら「ほら、姉と私はそっくりでしょう?だから、両親が名前くらいは隔てよう、ってことになったみたいなんです」と弾けた声で言う。

「へえ、なるほどね」

そういってチラリと横目にアイリスの姿が目に入り、彼女はすでにこれらのやり取りへ完全に興味を失った様子で辺りに顔を向け血走った目には寝不足と疲労と未だ進展のない事態への憤りを混ぜ込み錠剤として飲み込んだような苦い顔していた。


「雛尖さんはどうしてここに?」

わたしが彼女に訊ねると、彼女はまたにんまりと表情を見繕って、右手を差し出してきた。

見せられたまま、その姿に従って握手を交わせば彼女の手はほんの少々湿っており緊張を隠すようにはにかんで「にしし」と笑い、「所長命令で、一緒に行動するよういわれて、来ました」

笑みに混ぜ込み細めて見せる目は、緊張と緩和の両義を持ち合わせ、対抗してわたしはぎこちなく微笑んだ。

「そうなんだ。よろしく」





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