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署に戻ると慌しく内を人が駆け回り、所長のデスクへ行くまでに何度もぶつかりそうになる。
その都度、機敏に体を翻してひとり闘牛ごっこにでも内情で興じていると、誰ともぶつからずコーヒーの入ったコップも浴びせられずに到着。
「ご苦労。それで」
犯人は?と訊かれる前には首を横に振り、「報告にあった通りです」
「目の前で消えたと?」
「そうよ」
付き添ってきたアイリスが横で不機嫌そうに言い、「手品みたいにパッと、消えたわよ。私の借金もそうなってほしいわね」
所長は言葉尻を無視する様に、顔をデスクへ向けて項垂れ「うーむ」と右手を顎に添える。
「きみはどう思うかね?今回の件」
不意に顔を上げ、こちらをじっと見つめて訊ねてくる。
「わ、わたしの意見ですか?」
まだ来て間もないので…といった言い訳を口出す前に「外から来た人間の意見を聞いてみたいのだよ」と逃げ道を塞がれ、仕方なく「えーと…」と口を開く。
「そうですね…やっぱり、その、なんというか…異常だと思います」
「ほう?どのようなことが異常だと?」
「全部よ!ねえ?」
「きみは黙っていなさい!」
咎められてアイリスはふてくされるように口角を尖らせ、そして背を向け、「はいはい」と呟く。
それからわたしのほうへ向きなおして「続きを聞こうか」と忙しなく問い詰めてくる。
「…そもそも、どうしてこのコロニーでは急に犯罪が発生し始めたんですか?」
核心であって心のモヤモヤをようやく口にすると、今度は所長のほうがモヤモヤを隠すように椅子を半回転させて横顔のみを覗かせる。
「それについてかね…」
心労を混ぜた溜息は肩を上下に揺らし、舌打ちするように一瞬、表情を濁らせた。
「我々とて最善を尽くしているのだよ。他のコロニーと同様にね。だからこそ戸惑っているのだ。どうして此処だけが例外で、他の場所では起こっていないのか?とね」
再び椅子を半回転させて正面向くとデスクに両肘ついて顎を乗せ、慈しむような、それでいて神に祈るような敬虔さを表情に見繕って語り始め、「神はいつだって試練を与えるものだ」と目を瞑り独り言のように続けた。
「あの、それでわたしはこれから何をすれば?」
「ん?ああそうだな。とりあえずは…アイリスとパトロールにでも出てくれ。ほれ、昔の警察はよく言ったそうだろ?”犯人は現場に戻る”とな」
「わかりました。了解です」
その言葉へ添えるように、わたしは旧スタイル的な敬礼をして応えると、背を向け歩き出していたアイリスに追いつこうと小走りに脚を動かした。
相変わらず他の職員は慌しくしており、狭い間を行ったり来たり。例の黒電話も鳴りっぱなしだ。
「こんな大盛況は久しぶりよ」
横に追いつくとアイリスが自嘲さをまとった笑みを表しながら言い、「さあ何処へ行く?」
「現場へ。所長の命令よ」
「へえそう。つまり新しい観光名所をいち早く体験できるわけね」
「まあそういうことね」
「どうせ今は捜査班が殺到して近づくことも難しいだろうけど」
「”犯人は現場に戻る”って、言うじゃない」
「なにそれ?」
目をぱちくりさせてアイリスは訊いて来る。
「聞いたことない?」
「全然」
「そう」
「何かのおまじない?それとも、そういった宗派にでも入ってるの?」
「まあね」
そう答えると、鼻の頭をかくように指を当てて動かしながら「ふふっ」と小さく笑い、
「どんな宗教なの?」
と訊いてくるので、わたしは適当に答える。
「懐古教かな」




