18
目を開けるとぼやけた焦点が徐々に定まっていく。
痛みを感じず、身体は柔らかい感触を背に受け、何処かに寝かされているのをぼんやり意識する。
うす暗闇に目が慣れていくとベッドらしきものに寝かされているのだと分かり、
しかしここを病院というには部屋模様がいささか色合い豊かで、壁の色は山小屋のように木目調であり、そして窓らしき所には紅色の派手なカーテン。そうした派手な装飾が心労を癒すようには思えない。
布団をめくって身体を見るとまるで外傷はなく、同時に裸であることに気がついた。その瞬間から、妙にこそばゆい気分に。
「あ、起きた?」
立てた物音から察したのか?
部屋の扉が開き光が漏れて入ってくる。
逆光となった人物の顔は少しずつ輪郭をなしていき、
目が慣れてくると一様にその全体像と詳細な外見が認識し始めた。
「えっ?…」
まず動揺してしまったのも、無理はない。
相手はベッドの傍まで近づいてきて、覗き込むように顔を見つめてくるので、こちらも習い見つめ返す。
その顔は人間だけれど…。
「あ、わたし、エリスっていいます。あなたは異国の方ですか?変わった顔をしていますけど…あ!それとも、旅の方?」
その子は女性、というより少女の外見であって小さな女の子と呼べる風貌をしており、クリッと大きな目は茶色の瞳を持ち、鼻は高く西洋人を思わせ一応に端整な顔ながらも驚いたのは、何よりもその耳だった。
「尖ってる!?」
思わず上擦った声が出てしまい、相手はそれに対して愉快そうにひと笑い。
クスりと口に手を当て、「知らないの?」
「な、何が!?」
「わたし達エルフ属って、みんな耳がこうなんだよ!」
まばゆい笑みは誰しも籠絡させる魅力に満ち、思わず頬が緩んでしまいそうになる。
それでも疑念が打ち勝ち、
「ど、どういうこと…ちょっと訊くけど、ここは日本…だよね?」
「ニホン?それってどこの国?」
「は?」
「わたしは聞いたことがないな…、あ、そうだ、姉さまなら知っているかも。姉さまー!」
そう言って女の子は踵を返し、ドアを開けたまま出て行ってしまう。
しばし呆然とその扉を眺め、次に手を顔のぼうぼうに当てた。
歪な出っ張りもへこみもなく、そして手に血もついていない。
どうやら顔にさえ外傷はないようだ。
でもどうして?
自分はあの瞬間、確かにトラックに轢かれたはずだ。
「これはもしや…」
自分の脳はひらめいた。
「異世界…ってやつか?」
すると合点が着く。
まさかと思うが、そのまさかが?!
すると不思議にも付随的にも、顔がにやける。
不意に腕に妙な違和感。見れば小さな虫がついて居り、
異世界だろうと蚊は居るのか、等と感心すると同時にはたく。
ぺちゃ、と音も立てずに蚊はつぶれ、現実世界と同様にひ弱だ。
しかしそこで現実世界への懐旧を催すことはなく、寧ろ清々した気分であり、
あの悪夢のような現状から抜け出せたことが何よりも喜ばしい。
そして目覚めた先がファンタジーの世界とするならば、なんと素晴らしいことか!
幼年期からの憧れ、妄想の果てにあった世界がこうした今、目の前に現実として聳え立つ。
これは夢か?
頬をつねる。頬を殴る。
けれど痛みは実際に存在し、けれど心の傷はその都度に癒されいき、まるで…
「あのう、何やっているんですか?」