16
他のパトカーからも時計台を取り巻くように職員が降りてきて犯人を眺め、辺りに一般人は居なく非難勧告は既に発令されている様子。
「なんなの?あいつは…」
近くで聞こえた声には聞き覚えがあって、振り向くとひとりの女性警官。
その声は先ほどスピーカーから聞こえた声で、所長へ優等生的質問をした声の持ち主に違いなかった。彼女は睨みつけるように頭上を見つめながら呟いており、こちらの視線に気づいて振り向き目があった。
「あなたはたしか…」
向こうから近づき話しかけてくるのでわたしは簡易に自己紹介し、相手はデニッシュと名乗った<デニッシュ?変わった名前と思いながらもさすがに口には出さず>。
彼女は肩ほどまである艶のある黒髪に、黒い瞳が印象的で、アジア系を思わせる顔の造形<後に本人から日系の血が流れていると聞いて納得。どこか日本人形のような雰囲気を醸していた>。それに一見して若い。
「おい、なんだあれ!」
男性警官が騒ぎ、天に向けて指差す。
その動きと喚きに乗じて眺めると、時計版の上、天井の天辺。
その辺りに人影がひとつ。
次にはゆったりと影は動き、壁に手を引っ掛け、手でブレーキをかける様にして滑らかに下降していく。
その格好さえも見覚えあり、コート姿は目立っていた。
「類は友を呼ぶってやつね」
呟きが聞こえた。
自称ヒーローだという”キャットウルフ”とやらは、変わらず深々とハット帽をかぶり、顔がはっきり見えずとも格好に変化はない。
キャットウルフはそのまま犯人の付近にまですべり下降し、付近に下り立った。
付近に下りた?
時計版は壁に取り付けられ足場など存在せず、ではわたしはどうしてあの妙な顔の犯人がステップを踏んだように見えていた?
それは犯人のカメラマスク野郎が実際にステップを踏んでいたからだ。
私は自分の意識に問う。
ステップを踏んでいた?
脅迫神経症的な思考は騒音で掻き消え、
「ねえあれ見て!」
と指をさすのはパトカーの後部座席へと同乗していたポーラとかいう女性警官で、褐色の肌から見せる目をより一段と大きく開き、指差す先を注視した。
そこではキャットウルフが犯人と時計版を横に対峙し、睨み合うように向き合っている。
次に声が聞こえた。
しかしそれは、辺りからではないようで鼓膜の奥から聞こえるような幻聴さを纏い、響いて聞こえた。
「おや?あなたは?」
「お前をぶっ飛ばしに来た」
彼らのやり取りを耳にしたのはわたしだけの様であって、周りを見ても表情を微動だにせず。
呆気にとられながらこのことは誰にも言わず、それは己の幻聴であることを否めないせいでもあった。
だからこのとき誰にも言わず、そして何も知らないフリをした。
けれど実際には、まるでテレビを見ているかのように、二人のやり取りがこの耳に目の前の映像と共に伝わってきていた。
「何者?おお、こわい。そんなリアルなマスクつけちゃって!」
「ふざけるな!貴様、何をやろうとしているのか分かってるのか!」
「ええもちろん、ドッカーンとね。爽快でしょう?」
「…屑だな」
「屑?それはそれは、どうも。ではあれは?」
カメラマスクの男は半身を翻して、わたしたちのほうへ顔を向けて見下ろす形。当然、わたしたちは何を言われているかなど、聞こえない距離に隔てており、周りはただキョトンと、もっとも正確には注視し続け居るのみだった。その二人を見守るように。
「彼らのほうが屑なのでは?」
「…何が言いたい?」
「いいえ、なにも」
「なにも…だと?」
「はい、だからこそ…」
マスクの男は正面きってキャットウルフと向き合い、拳を作った右手を頭上に伸ばし…
「行動で示すのみ!」
「…チッ」
その瞬間、著しい突風が吹き、一瞬なりとも目が塞がれ、急激な濃霧がぶちまかれた様にあたりは真っ白に。包まれ状況が分からず、しかしそれに喚く暇さえ存在せず白い霧は晴れていく。
急いで時計台へ目を向けると、二人の姿はない。
「お、おい!これっ!!」
最前方のほうに止めたパトカーのほうから職員の声。
数人の同僚と慌てて駆け寄ると、地面に伏せる者。
伏せるというよりは寝転ぶように倒れており、その貌はカメラ。
しかしフィルム部分の先端が半分折れている。
「確保だ!」
言いながら何人もの職員が取り押さえにかかる。
マスク男は、笑ったように見せた。
「クク…いやあ、いいパンチだったねまったく」
そう言ってマスク犯人はその場から消えた。
幻みたいに一瞬で。
あたりを見回した。
何処にも既に、キャットウルフの姿も見当たらなかった。




