15
現場に急行するパトカーは全部で六台。すべてが四人乗りで、ぎゅうぎゅうに詰めれば六人は乗れるであろう。それでも無理はせず、つまり合計二十四人ほどが出向く形となり、そのうちのひとりに私も組み込まれていた。現場までは五分とかかる距離で、むしろ五分調度の距離であり、そのように作られているのだ。
故に助手席に座るわたしには巨大な時計はすぐさま目に入り、時刻はちょうど11時35分を指そうとしていた。
「犯行予告では十二時ちょうどに爆破するそうだ」
パトカー内のスピーカーからは、食後すぐの読書を朗読する如く平坦な所長の声が聞こえ、そこにおびえる様子も慌てふためく声音もまったく感じない。
人工的なほどに。
そしてどうやらパトカーのスピーカーも常にオンライン状態らしく、「了解」との他者の声。
「了解」とわたしの横、運転席に座るアイリスも続けざま、けだるそうに答える。
「それでどうします?」
「向こうの要求は?」
他のパトカーかららしい、職員の声が入り混じる。
「それについてなんだが…」
所長の声は高揚がないものの言葉を濁し、
「簡単よ、ぶっぱなせばいいんでしょ?」
とアイリスが眉を上げて言う。
「いや、それはちょっと待ちたまえ!」
汗が滴り聞こえてきそうな所長の声音にアイリスは「どうしてです!?」とスピーカーへ声を荒げ、憤りを含む声はハンドル操作にさえ影響を及びそうであり横で少々ひやりとした。
「向こうはどうやら本気らしい。一度でも発砲するようなら、その瞬間に爆破すると言ってきた」
「へえ」
「それはそれは…」
「ひゅー、犯人もやるもんだ」
歓声に似た声がスピーカーから溢れると、
「犯人の要求とは、何ですか!?」
と生真面目な声音がはじめて聞こえ、そこで野次も治まり、全員が所長による次の発言を注目する形となった。
「犯人の要求としては…うちの署の解体だ…」
所長の気弱な声音に「ぷっ」とアイリスは噴出し「それは傑作だわね!」と言って大笑い。
ハンドルから手を離して腹に手を当て「あっはっはっは」と笑い出すのでこちらはその手さばきに驚愕して思わず身構え<すぐにでもエアバッグの世話になるだろうと予測した>たが、実際にはパトカーの挙動に変化はなく、そこでようやく運転のフリと知ってまず横目に睨み次には安堵が冷や汗と共に訪れた。
「ここまで笑わせてもらったのはホント、ひさしぶりよ」
アイリスは未だヒーヒー言って息をひくつかせ、体は微々として痙攣していたほど。
「愉快な犯罪者ね」
彼女ほどではないが、確かに一風変わった犯罪者であるのだなとわたしの思考も追いつき想起され、人格忌憚を恐れることなく思ったことを口に出す。
「ほんと、アナーキーなやつよ!どんな顔かすぐにでも拝みたいわね」
ご機嫌な様子でアイリスは言う。
「確かに傑作だ」
「ふざけてる!」
「イカレ野郎だ…」
といった他の職員の声も、感情豊かに聞こえてくる。
「それで、わたしたちはどうしろと?」
所長に問うように今度はわたしがスピーカーへ声を出すと少々の間を空けた後<聞こえてないと思って、同じことを繰り返そうとしたまさに手前>、
「まずは様子見だ。そして出来たら説得してほしい」
「説得!?犯人を!?」
アイリスがわが耳を疑う、と言った風に眉をひそめ前のめりとなって上擦った声。
スピーカーに顔を近づけ「そんな野郎の説得が出来るとでも?」
「努力してくれ。さもないと…」
「時計台が”ドカーン!”なわけだ」
割り込んで入る男性職員の声。
「じゃあいっそ、私たちの基地を解体しちゃいます?」
アイリスのおどけた口調。
「ふ、ふざけるのはよしなさい!そんなことをすればさらに犯罪が横行してしまう!それこそ、このコロニーはお終いだ!」
所長の泣き付くような、それでいて憤怒を含む声。激情的な声を初めて聞き、しかし横の彼女は特にひるむ様子もなく「ラジャー」とだけ機械的に言った。
それから私のほうへ顔を寄せて声を潜め、
「基地外ばっかりよ、まったく」
と唇を噛みながら言葉を吐いた。
現場である時計台のもとに到着すると犯人を捜す手間は省かれ、つまりすぐさま目についた。
それも分かりやすく。
「レディ&ジェントルメン、お待ちしていました!よ」
犯人らしきその男は頭上、見上げるとすぐ目につき大型時計そのもとへと密着するように付近へ居り、
手を伸ばせばどちらの針にも届くほど時計版の近くに居た。
男?
そう推測するのは、その手に持っているであろう小型端末から拡張させる声が男物であり、肉眼で見る限りでは体格がよく、男として見間違いようがない。ただし体格だけで性別を選定したとするならば差別主義者であるとのご指摘を受けるかもしれないので、ここでは単にわたしの思い込みとしておく。
なんなら顔を見れば明確じゃないか、とするかもしれないが、あいにく顔の造りは分からない。
素顔の造りは。
犯罪者の格好は黒のジャケットと同色のスラックス、下に白いシャツを着込み赤黒のストライプ柄ネクタイを喉元からまっすぐ伸ばして見せた。
マスクを顔につけりおり<正確にはかぶっていたと表する方が的確に思える>、頭の天辺から首元まですっぽりと覆うそのマスクは、一瞥して何かのコスプレを思わせ、前々世紀期の手動式現像型カメラの実機を思わせる形を”貌”として正表面に見せた。つまり貌の中央部分、真ん中にはレンズを表象しているのであろう二重の円注が重力に逆らって立ち、小型の遠望レンズがついているような見た目。
到着した二十四人の視線を浴びた犯人は今にも手を振り出しそうなほどには嬉々した様子であって足元ではステップを踏み、胸を張って見せる姿勢に怯えもなければ反省する気も見当たらない。
手を顔から突起する円注に添えて望遠するように若干、腰を曲げこちらを一望するように見渡すと、口元に何かを近づけ言葉を発した。
「俺の名前は”偏執病観測家”。以後、お見知りおきを」
そう言って白手袋をはめた両手を体に添えてゆっくり、お辞儀する。
まるで演奏者のように。
「またクレイジーなのが出てきたわね」
同行してきた麦色短髪の婦人警官が呟き、
「わたしには、盗撮の公式マスコットキャラにしか見えないわ」とわたしの横でアイリスが嘲笑気のある皺を頬に作りながら言った。