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それが果たしてジョークなのか判断しかねて「へえ…そう」とだけ返事する頃にはパトカーを警察署の前に横付け、「車を回してくるから、降りて先に行っていいわ。話は通してあるから」
言葉どおりに降車すると、目の前に佇む建物の外見は隅々までホログラムではないと分かり、このコロニーにおける税率を検索したくなったほどだ。
見上げると鋭利な屋根ひとつが目につき、まるで旧来の電波塔。
重厚そうな土色の扉は見た目に反して自動ドア。目の間に立つとすんなり開き、先には漆喰の廊下が広がっており外観に反して閉鎖的な印象を与えない。廊下を歩くとコツコツといった足音が微かに反響してリノリウム製を思わせ、吹き抜けとなっている二階部分には廊下に沿う手すりが見て取れた。
左右に枝分かれする通路には”○○”と共通言語によるホログラム案内が示され、今のところトイレにも言語課にも用はないので真っ直ぐ進む。
突き当たりには再び自動ドアに出迎えられ、そこを抜ければ広いスペースとなっており、現実物としてのデスクが軒並み椅子も備わっている。しかし椅子に座る者は目につかず、約三十人ほどがせわしなく動き回っている。この場における階級はデスクの大きさと比例しているといった推測は的外れではないようで、奥にある一回り巨大なデスクに腰掛ける<唯一の!>人物に声をかけると、視線を塞ぐPCから目を退けてようやくこちらを向いた。
「どうも。お話は聞いていると思いますが…」
「ええと…誰だったかな?」
頭髪の貧しい所長はたるんだ顎をもたげ、そして注意深そうにこちらへ眼を向ける。
ドーナツが好きそうな顔だな、と言う第一印象は馬鹿に出来ず、そして所長の顔もガイドにインストールされたとおり二重顎。
彼はPCのモニターに目を向けすばやく指をキーボード上で動かし
「ああ、本日付でこっちに転属となった…」
「ー」
言葉を遮るように自己紹介をすると所長は「ああそう」と頷き、デスクの引き出しひとつをあけると平たい箱が目に入り、そこからわっかを取り出し「ドーナツ、ひとつどうかね?」と促されて「遠慮します」と冷重に断った。
「なにはともあれ、ようこそ。歓迎するよ。それで何か質問は?」
「山ほどありますけど、まずは…」
そう言ってわたしは先ほどの出来事を話し<キャットウルフなるヒーロー、つまり私を助けてくれた者に関してはアイリスの助言どおりに省略。自らで何とか鎮圧したと偽った>、それから問題の核心、
なぜこのコロニーにのみ急激に犯罪が再び発生し始めたのか?
を訊ねようとするもその前に口を挟まれ、
「うちの署の特徴としては最先端の科学を使用して犯罪を抑止しようとする、つまり化学的思考に基づいて行動することを第一としていることだよ」
とわたしが遭遇した出来事を解説するように語り出し、
「きみの足が動かなくなったのは、おそらく容疑者の背後にいる組織が持たせた細菌のせいだろう」
と立ち上がって手を後ろに回して動き始め、まるで博物館を鑑賞して歩くような佇まい。
「細菌…細菌兵器ですか?それで化学的思考と?でも、それを包括して言うなら科学的思考になるのでは?」
「いいや」
私の問いに所長はチ、チと得意げに舌を鳴らして指を振る。同時に私の苛立ちも誘い込むと、その行為はどう捕らえても数世紀も過去における映画の受け入りだろうと言うのは明白で、それを知りうる私も立派なおたくであるのだけれど、ある種の同属嫌悪が生じたのだとすれば分かりやすい。
同属?そんなことはない。
肥えた腹はでっぷりと突き出し、服の上からでもそのシルエットは明確で、横から見たりんごのようである。それからドーナツを食べた痕を口ひげに少し残し<ちょび髭の端にチョコらしきものが>、この人が犯罪を犯す際には物的証拠に困らないことを即座に悟らせた。
「我々は生化学的知見を捜査に使用している。現に…」
「所長、そんなことより彼女に新しい靴を用意してあげなさいよ」
気づけば横にアイリスが来ていて、パトカーの鍵を指に引っ掛け今しがた来たと私に目配せした。
「ああそうだな、そうだった。まだ付いてるのかね」
所長の目は私の靴に向けられ、応えるように足を上げて靴の裏を見せる。
そこには微かに紫色の斑点がまだ付いており、
「私が微動にできない状態になったのは、このためだと?」
「そのとおり。おいジョニー!ちょっと来て彼女に説明してやりなさい」
呼ばれてきたのは小柄な男であり、短く切り上げた金髪に丸めがねをかけて痩せている。
「どうも。はじめまして。えーとですね。その物質は…」
ジョニーはいかにも非力と表する細い腕を袖まくりして見せると,右手の人差し指を立てて私の靴を指し、「そこにつく斑点こそ、神経中毒を起こす微生物体の一種なのです。成分として正確には…」
そのとき、
インテリアを思わせるシンボル的黒電話が
”ジリリリリ”!
けたたましく鳴り響いて会話を遮断させると、電話付近に佇む男性職員ひとりが受話器を掴み取った。
「はい、こちらは…」
次には絶句するように口を開けたまま言葉を詰まらせ、「どうした?」と一堂の注目を集めるその男に所長が代表して声をかけた。
「…テロ予告です…」
所長もまた大きく縦に口を開いて絶句し、口を閉ざした後に小さく何度か頷いてから
「…そりゃ素晴らしい…」
と皮肉的に呟き、電話では相手が続きを喋り出したようで対応した男は受話器を両手で持ち直してより耳に密着させて「…はい、はい…」と生返事を繰り返す。傍から見ればまるで注文を受けているピザ屋だ。
「半世紀ぶりだよ」
ハンカチを取り出し額の汗を拭いながら所長が言い、
「じゃあシャンパンでも開けますか?」
と職員の誰かが続けて呟いた。
犯行予告の内容は「爆弾を仕掛けた」とのこと。
それもこのコロニー内では注目の的であり、特別に目立つ建物である”ビックベン型建築物”。
平易に言えばなんていうことはない、英吉利にある物の模造に過ぎない。
そうした建造物は確かに目立ち街のほぼ中央に立っては一種のシンボル的役割を果たし、しかしそれは人間における眉毛のようなもの。それがなくとも街は存在し得るが、その存在こそがそれを確立しているのもまた事実であり、それがあるからこその場所と呼べるものがあった。
「私も現場に出ます!」
そう言った台詞を、私も同様に過去のドラマから引用するとパトカーに乗り込み、反対されようが無理についていくつもりであった。しかし幸いそうした杞憂は杞憂に過ぎず。むしろ「さっさと行くよ!」とアイリスに声をかけられこちらが多少気後れしたほど。
どうやらここに来てまず最初に教わり、教訓として学ぶべきことは、
”ノリの良さ”
のようであった。