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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
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街には”旧市街”と書かれた標識がいくつもあり、そこに番地と共に標識が設置された年号も書かれていた。足元に目を向ければ弾性のない履き心地は靴のせいではなく道路の影響。道は石畳になっており、風車小屋を思わせる中世的な建屋も演出的に立てられ実用性を排除してまで作り上げた景観にそれほど来客効果があるようには今のところ思えない。

同時に、雰囲気重視の街模様は至る所に小路さえも再現しており、それが仕様か偶然かを掴みかねるのは近代的なゴミ箱が見え隠れしているからでもあった。左右に目を凝らせば小路の多さに目が余りまるで迷路であって実験用マウスの気分にさせられるとするならば、この街自体が皮肉(・・・・・・)と言えるだろう。

するとちょうど、横目に新たな小路を見かけたところ、そこに褪せた蛙色の帽子を深々とかぶった男が乱雑な足取りで掛けて行き、脇には小さな黒いバッグを抱え込むようにして走っていった。その妙な姿に興味を引かれ<悪い意味で>、「もしやこれは最初の挨拶におけるいい手土産になるのでは?」と顕示欲に似た感情がふって沸き、気づけばその男を追いかけ小走りになって小路へ飛び込んだ。

そこはすぐさま道が左にそれ、曲がり角には樽状の青いゴミ箱が置かれており、表面には液晶パネルがつけられのんきに気温を表示。急な出会いがしらに脚をぶつけそうになる。寸で回避し前を見ると、男は立ち止まっており、その理由も明白。先は行き止まりであり、リノリウムを思わせる艶のある色合いした遮蔽的な壁が聳えていた。男は止まっており背をこちらに向け、壁を前に立ち呆けるようにだらんと両腕を垂らしていた。抱えていた黒のバックは脇から離して右手が掴んでいる


ようこそ(・・・・)


男は首を振り向かせ、二ヤついた顔で言う。

見せる顔は醜貌と表して誹謗にならぬほど歪んでおり、垂目のうち左目はその目元には縦に大きく切り傷があり、白濁とした目玉を呈し低い鼻は既に骨がないことを思わせた。

頬には青かかった炭がついたように微かに青みを帯びていて、葉色のジーンズに黒いシャツ。上に紺のジャケットを羽織、袖先から見せる左手にはナイフらしきものが握られている。

男は右手に持ったバックを投げ捨て、それからゆっくり近づいてくる。

私は反射的に銃を取り出し、相手に向けて構えながら「ようこそ?どういう意味!?」と問いた。

相手はおかしそうに声を上げずに笑うと

「そのままの意味だよ、お嬢さん」

「おびき寄せるため!?」

「あんた、外部の人間か?またこれは意外なものが釣れたもんだ!」

男は嬉々した様子で足取り軽く、ステップを踏むように近づいてくる。

「これ以上近づかないで!そこで止まりなさい!」

「嫌といったら?」

「この状況。既に正当性は認められます。つまり、この場で私があなたを撃っても…」

「正当性がある。と言いたいんだろう」

男はまた笑い出す。

「何がおかしい!」

「撃ってみなよ。撃てるならね」

私は引き金に指を…あれ!?引けない。ロックがかかっているように、引き金はまるで動かない。

「さあどうした?撃たないのか?」

男はさらに近づき、思わず後ずさる。

「なんで?どうして?」

一向に引き金は引けない。既に故障としか考えられず呼吸が荒くなり、端末の振動を内ポケットから微かに感じていてもそれが直接的な解決案には繋がらない。生態機能系におけるオフライン(・・・・・)を野卑するタイミングを得てはいても、それに従う余裕はなかった。


「あんた、若いねえ。どれぐらいかってのはわからないが、すぐ殺すのは惜しいな。なあに、ちょっと楽しんでから殺してやるから安心しなよ」

男は下種な笑い声を上げ、私は逃げようと踵を返し‥とするはずだった。

「…足が…動かない!?」

男は薄ら笑みのままゆっくりと近づき、焦る様子はまったくない。

「さあて、どこから楽しませてもらおうかな…」

気づけば目の前に迫り、臭い吐息が顔にかかりそうになって顔を必死でそらせる。その薄汚い手が私の顔に触れようとした。私は悲鳴を上げようとしたが、顔を若干そらせるのが精一杯で、既に声すら自由に出せなくなっていた。



もしも”絶望”と言った単語と共に検索されるものがあるとすれば、ここの世界は(・・・・・・)何を認識させるの(・・・・・・・・)だろう(・・・)


私の疑問が追究される前、そのとき男は肩を触られ「んっ?」と声を漏らして後ろを振り向いた。途端、帽子が宙を舞って男が吹っ飛び、私の横を通り過ぎ、肩からダイブして倒れこんだ。

「んだ!てめえは!?」

男は地面に手を着きはじめて声を荒げる。その睨む視線を追うと、ひとりの男が立っていた。


男?


直感的にそう思ったのは、威圧的な雰囲気が主な要因。

身長はおよそ百八十センチほどあり、しかし体型はコートのような厚着を羽織って明確にはわからない。黒のブーツが僅かにコートの裾から見え、そして深々とかぶったハット帽子。

わたしは顔を見ると一瞬、ハッとし息を詰まらせた。


人間の顔じゃない。


それは豹。

黄色い地肌に黒の反転が色つき、翡翠色の結膜には尖った様な威嚇的な瞳。

しかし次に「屑が!」とそれが喋るのでマスクと分かり、

「お、お前、まさか…」

と倒れた男が立ち上がるのを見ると微かに体は震え、口を開き何もいわず唇をなびかせ、唖然とした様子。鼻血にかまうことなく背を向け逃げ出そうと…豹のマスクをつけた者が歩み寄っており、肩を再び掴んでむりやり振り向かせ、膝蹴りを腹に。

濁った悲鳴を小さく上げて体を折ると、男の顔面に拳を振り下ろした。重力の従順な徒になった男は私の横で地面に吹っ飛ぶように倒れこむ。

私は麻痺していた感覚が徐々に戻り、それは情動に限ったことではなかった。

「足が…動く?」

「遅延性の毒だ」

かけられた言葉に心臓が躍動し、動揺を悟られるようゆっくりマスクのやつを見る。

「次からは気をつけることだな」

そう言って地面に目を向け、顎で促した。

見ると地面の一部は微かに紫がかった色をしており、「靴を洗うか、買い換えたほうがいい」

背を向けて壁のほうへ歩き出す。

「待って!どうして助けてくれたの?」

足が止まり、振り返り硬直したように佇む。顔を凝視すると、そのマスクは精巧にできておりまるで本物。豹の剥製から、その貌部分を剥ぎ取り、顔の表皮に擬態させ接着させているようだった。


「この街は屑が多い。それを片付けるのが俺の仕事だ」

私を睨みながら言い、咆哮に似たガラガラ声もマスクの仕様だろうか?

それだけ言うとマスク男は背を向け、再び歩き始める。

「あ、あの…」

脚は自由に動き後遺症もない。その背を追って小走り、立場としても名前を確認する義務があった。

だがその豹は、2メートルを越す壁を前にして、スクワットするように膝を曲げると、次にトランポリンを使用したように飛んだ。容易に壁を越えていく。

その光景に唖然と暫くした後、後ろで気絶する男を拘束。端末を取り出し電話をかけた。




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