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降り立ったコロニー2145は惑星間をつなぐ遮光トンネルを通り高速バスで2時間35分。
すると朝方に出向いても、日の高いうちには無事に到着し、休むまもなくバスから降りると毎度恒例の三半規管麻酔による気だるさが体を覆い、過去における乗り物酔いとどう違うかはわからないけれど、油のしたったポテトを食べれば戻す自信はあった。
このコロニーに来たのは初であり、遮光トンネルの分合点で枝分かれした先のなかで最も人気がなく特別特徴もない辺鄙とさせ呼べる<悪い意味で>この場所に好んで来るものが居るのかさえ怪しい。
けれどそうした悪評がどうして沸き立つのかを知ろうと思ったことはなく、単なる疎外地における妬みや偏見の類でないかどうかは知る由もない。
幸いなことに私にはレイシストの自覚はなく、またその気もない。もっとも、それほど人に興味がないということだけに過ぎないのだけど。
かすかに足をふらつかせて降り立りバスステーションに入ると朝二番目の便で来たので人の姿はまばらで、広く閑散とした施設の中はどこか無人病院を思わせる雰囲気があり、白壁に覆われていることも起因していそうであった。受付のカウンターには金髪で目を細めた作り笑顔のロボットが絶えず微笑を振りまき、目が合うと小さく会釈する。その前を通り過ぎ、5台と並ぶ自動販売機でアイスコーヒーを購入した。飲んで身体の調整にかかろうととすれば内ポケットに入れた端末が振動し、早速配属先からの連絡かと思い取り出す。すると勝手に画面が点いて起動し始め、コンパクトサイズの立体スクリーンが目の前に現れた。
「ようそこコロニー2145へ!」
浮かび上がる映像は、肩まである黒髪をなびかせた人工的端整さを思わせる女性の像で、バスガイドのように手を横に呈してまばゆい笑顔を無為に見せる。まるで前世紀における遊園地の歓迎ムービーのようだと思わず失笑しそうになりながら、映像は歓迎の挨拶を繰り返しており、もはや興味を失い他にも連絡が来ていないかと映像を無視して端末を操作すると、着信はゼロだった。
自ら向うことになるとはおおよそ予想しており、気遣いがないということに関しても想像通り。しかし悪く考えたところで気分は晴れずならばと気持ちを切り替え、むしろ、自分で向えば街の観光にもなり、端末にインストールした地図とガイド機能によって迷うこともない。
そうだ、確か美味しいパン屋があるとかいっていたな。と思い出すとかすかに腹の音が鳴り、朝から何も食べていなかったことを思い出す。バスステーションから都市部に向けての出口から出ると、目の前には商業的ビルが視界を遮るように建ち、スーツを着た社会人や学生の姿がちらほらと見てとれる。
といっても数は決して多くなく、その場で名前を聞いて全員の名前を覚えられるほどの少数ほどしかいない。上部に目を向ければ100メートルほど先に空中電車の駅があるが、用がないのでよる気にはなれず、前世紀的とはいえ博物館レベルほどに懐かしいものでもない。そして一目する限りではエレベーターの往来は決して活発であるとは言えず、無音で走る電車に人が乗っているかどうか怪しいものである。
上空20メートルほど上にある線路の下を通り、一階建ての売り家の並ぶ駅前商店街(地上にあるにもかかわらず!)をのんきにそして見蕩れるように目を配って歩いていると、連なりが途切れた先に木目調の屋根をした平屋が前方に一つあり、まるで中世のいかだを作ろうとして途中で飽き、その材料を使い掘っ立てたような建物だ。興味が沸き近づくとほのかによい匂いが漂い、それが店と分かるのは銅鑼のような丸い看板を軒先に吊るしているからであり、そこには妙な標識じみたイラストが記してあった。
正面へと回り込むと「ベーカリー」と旧筆記体のような文字が認識でき、「ここが例の…」と思わず呟くのは自分に向けてであって気分高揚のため。しかしあくまで個人的見解であるので端末に表示される”脳下垂体ホルモン分泌率ならびにその種類の詳細”のタグに指は寄せず、些細な顛末を気にすれば起こるふつふつと沸き出るようなコルチゾールを避けるためには当然の帰結である。
辺りに人はいなく寂びた雰囲気。
目の前に立っても扉は開かず、自動ドアでないのはスポーツジムとダイエット施設以外の建物としては始めて見た。取っ手を掴み引くと”チリンチリン”と上部に括り付けられた鈴が原始的に鳴り、「いらっしゃい」と店員らしき赤毛の女性が興味を示さず呟いた。
足を踏み入れると、目の前に大きなショーケースがあり、そこへ横一列にパンが並べられており、区切りごとに小さな立て札が添えられている。
「こんにちわ」
職業柄、礼儀正しく済ますとショーケースに寄り「随分と種類があるんですね」と声をかける。
店員の女性はチラッと一瞥くれるとショーケースに目をやり、「ええ、そうですね。どれも手作りですから」
私はそれを皮肉と取らぬよう心がけ、「何かお勧めは?」と訊ねる。
相手は詰問に対する儀礼のように顎へ手を当て「そうですね…」と瞳を傾かせ、それから「これなんてどうでしょうか?」とショーケースの外からひとつを指差した。
私はそこにあるパンの群れに目を向け、添えてある札を読み上げる。
「…カレーパン?」
「はい。一応、うちの名物なんです」
「へえそうなの。じゃあそれを頂戴」
「おいくつですか?」
「え?」
そこで若干の動揺を見せてしまい、ここの人間ではない、もしくは慣れていない人間であると気づかれたであろう。薄っすら頬に汗が滴りそうになり、「二つもらえる?」と、じっと見つめてくる目からそらさずに言う。
「ありがとうございました」
鈴の音と共に聞いた声は上の空。
道路に戻って一度振り返り、店を見た後に歩き出す。
唾を飲み込み、前途不安を思わせ、それから袋に入ったカレーパンをひとつ取り出してかぶりつきながら歩みを進める。直接手に触ると妙な粘着性が嫌悪感を抱かせたが、口に含むと”カリッ”と陶酔するような心地良い食感をもたらし、初めて食べたが悪くない。むしろ意外なほど美味しい。
未知の食べ物に感嘆することなく、私は道を急いだ。