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リベラル派の両親のもと、敬謙なフェミニストとして育てられたアンリ氏は観衆の前に立つと落ち着き払ってコホンとひとつ咳払いをしてお題目である「女性社会のすばらしさ」を懇切丁寧に読み上げ、それから啖呵を切って喋り出した。
「私たちの歴史(彼はhistoryをherstoryと発音していた)としては、過去を見れば明らかのように、文明の立場としては常に男尊女卑であり―」
アンリ氏はスピーチ中、『彼ら』を常に『彼女ら』と表現し、その都度に聴衆を苛立たせた。
「俺らの大統領がタマなしとは知らなかったぜ!」
酔っ払いの一人が叫び「なんだと!」とアンリ氏支持側の一人が反発して声を上げる。騒動になりかけたのを収め、何とか成功と呼べる形で(まばらな拍手には私も加わった)スピーチを終えると、気を良くしたアンリ氏はその後に仲間を引き連れ夜の街に繰り出した。行き着く先は街路樹の隙間に聳えるような辺鄙なバーで、ひっそりとした佇まいは蝶を遠ざけたが、その分虻は狐の体へ引っ付くように集い寄って来た。薄暗がりの最中でも彼らが素面でないのは一目瞭然だった。彼も随分と酔っ払っている様子で、早口で何か捲し立てるように注文し、頼んだものが来るのを待つ一間を惜しむように視線をふらふらと泳がせ私と目が合った。
「どうも」
彼は私に近づき慇懃な態度で頭を軽微に下げる。
私は偶然に彼のスピーチを拝聴したことを告げると彼は人懐っこい笑みを浮かべ、「そうですか」と頷き、文節を繋げるように「此処の街へはどのようなご用件で?」と尋ねてくるので私は彼の後方を見やった。
「ああ、気にしないでいいですよ」
共に来ていた二人の男への視線に彼は答え、それから手を差し出してくる。
握手に応えると私は「友が亡くなったので」と先ほどの質問に答え、それを聞いたアンリ氏は「それはそれは」とつぶやく様に言い帽子を取ると消滅させホログラムであったのだと知る。褐色肌の上に並ぶ短い黒髪が見えた。
「彼とは共に立体文学を学ぶ学友でした」
「そうなのですか」
アンリ氏は興味を示すように片眉を吊り上げ、後に「立体文学というものは、果たしでどうなのでしょうかね」と己に詰問するように言った。
「どういう意味でしょうか?」
自ら浅沼に足を深入れ私が尋ねると、彼は狭窄するように目を細め何もない空間をじぃと睨みつけながらベルモットを啜ると口角を上げて口を開き横目で私を捉えながら「あれはよくない」と呟いた。
私は安酒を呷り彼に目を向ける。
「概念の立体化の効用とは、私にはあまり有用には思えませんので」
アンリ氏は潜めた声音に親しみを込め、悪意を感じさせずに言う。
「桃太郎を共産主義賞賛に読ませるものがイデオロギー以外に何であるというのです?」
私は困惑のした表情の代わりに笑みを浮かべ、言葉を返す。
「ときに謎話を知っていますか?」
「謎……話?」
「昔話のことですよ。ジャンルのひとつといえばわかりやすいでしょう」
「ああ。なるほど。それならばいくらか」
私は自分の立体文学を起動し、そのうちのひとつ物語を再生する。
「これは自分の機知に絶対的な自信を持つ、王女の話です」
そのあと私たちはこうした小話から昨今の風潮、ニュースなどの世間話を挨拶代わりに交わしたあと、酔いに踊る私は勢いに任せて昼間における、彼のスピーチへの感想を忌憚なく述べた。だが吐露する意見は別段、悪意に染まるものではなく本心としてから言葉を搾り出したところで、彼への批判は少なく、私としても当時の拍手は自然な行為だったのだから。故に氏の表情は主に穏やかで、時に数度眉を揺らす程度で歯茎を見せるような表情の変化こそなかった。
一通り感想を述べつくすところで私は、グラスに浮かぶ氷塊のように浮かんだ考えをふと、そのまま何の気なしに口に出してした。
「あなたはどうして、それほどまでに差別を、問題に思うのですか?」
するとアンリ氏は待ちかねたように喜々した様子で酒を飲む以外の用途で口を開き、「至極、もっともな意見です、そしてそれは非常に重要であり核心を突いている質問であると言えましょう、よろしい、お答えします。それは―」
彼は自分の思惟、信念について饒舌にしゃべり始め、息が途切れるように言葉を噤むと、そこで私はサンドイッチの具のように言葉を挟んだ。
「大変よくわかるのですが、しかし私はこうも思うのです。馬鹿らしく聞こえるかもしれませんが、たとえば、容姿が醜く『ブス』と呼ばれる少女が居るとします。しかしここで考えてほしいのは、では逆に容姿が端麗であり「可愛い」と呼ばれる少女もまた、実際には差別ではないのか?ということなのです」
アンリ氏はナッツを食べながら私に比べ僅かに高い場所にある目玉を、私にじっと向けた。
「どういう意味でしょうか?」
「こう思うのですが、『ブス』というのが『普通』、一般的と呼んでもいいですが、それと比べることでの差異によって表現するのであり、その差異を差別とするのであれば、『普通』と違う『可愛い』もまた差別ではないでしょうか?」
「……なるほど」
「しかし人々は皆、一方の差別に対しては声を高々に、『それはよくないことだ!』と主張をしますが、もう一方の差別には『やめるべきだ!』とは呼びかけない。言ってしまえば、貧困にあえぐ人々を擁護し「貧困をなくせ!」とは言いますが、同時に、普通の状態ではないもう一方、つまり金持ちにあえぐ人々に対して「金持ちをなくせ!」とは言いますが、同じ熱量では言わない。この不均衡さこそ、実は考えるべきではないでしょうか?」
アンリ氏は深く頷くと、酔いに回った目に機智さを宿し顎に手を添え木材調の床を眺めた。青紫の虹彩を私に再び向けると、今度はゆっくりと右手を突き動かし私の胸の前に差し出した。
「大変に面白い意見であると思います。その考え方には興味が沸きました。同様にあなたにも」
差し出された手に応え、二度目の握手は意味が異なった。私たちの交友はそれから。これが私とアンリ氏との関係性の始まりであり、同時に私の意志と表象の終わりの始まりでもあった。
帰宅するとき、自殺しようとする女性と出会う。
彼女を救うのは同時に、私は当時として自分を虚栄する必要があり自分を大きく見せていたことも一因する。その亡くすはずの命は、私に●●●●●を―
「盗むぐらいなら、盗まれるほうを好め」
私の父は倫理観を説く際、このような言葉を好んで私に聞かせた。
そのような教育方針の内に育てられた思想は、なるほどある程度の裕福さが満たされている状態の上にこそ成り立つであろう、ある種潔癖的なものであると思う。
しかしおそらく父は知っていたのだ。
盗むという行為は、物を盗むのと同時に、その分のものを失うのだということを。
自尊心、プライド、親切心、道徳……
心も質量を持つ。
体積化できない心の質量は、数値化できずとも無限ではないのだ。
心も自然の存在である以上、自然の法則に従う。
質量保存の法則は、盗みを働き得たものと同等のものを、心から失わせる。
数値化できるものを、数値化できないもので償うのは割に合わない。
合理主義的に自らを教育した私にとって、それは不条理に思われた。
割に合わない。
失う物のほうが大きい、
そのような機知は利己的に思惟を進め、結果的に罪を犯さないのは自らの道徳心に反するからではなく、単に、資本主義的な利己性によるものであると気づいた瞬間、私はハッとし息を呑み、立ち止まった。
馬鹿のように大笑いをかましたかったが、その場での行為における意味のなさを勘定に入れると私は数値化できない意思の、感情の不条理さに憤りそうになる。それは自分自身に対する怒り。無為な計算を無為と思わせない自分への怒り。数多蔓延る自分自身の、包括するパラドクスに対する気づきは嘆きと同等で、いってしまえばその一端でもある心における質量保存の法則から予想される推論でさえ、それを『失うもののほうが大きい』と計算できることへの(できると思い込んでいることへの)法則性の破れへの憤り。
質量の保存則は、自らの法則としての質量も保存をするのだろうか?
自己言及のパラドクスと呼べそうな、不完全性定理の萌芽は至る所に姿を出し、私を戸惑わせ、苛立たせたが、しかしそれは同時に、私にとっての福音にもなり得たる可能性を帯びていた。
なぜなら心の質量たる数値化できないものの均衡さを保つのであるというならば、同時に二つの可能性を示していたからだ。
一つ目は、ならばその不明瞭さを取り除いてしまえばいい、という一般解的な単純たる推論であり、方向性としての可能性はゼロではないように思われた。
二つ目は寧ろ一つ目とは逆に思えた。それは不確定の事項より『不確定さを存在にする』ということであり、別の言い方をすれば『別の方向性であることを”ひとつの方向性”にしてしまう』。
それはデカルト座標におけるx、yのようなものであり、そのような概念を適応することによって別の見方を探ろうとする推論に他ならない。明確な数値化の不可能性は、新たな変数を用いる必要があり、その変数自体を、存在にしてしまえばいい。
私は結婚をして、子供を二人もうけることを所望した。
それはひとえに、幸福を追求してのことであり、同時に、私は自分のこうした考えに取り付かれ、愚かしくも背反としての思いを抱くことでそれを免罪の糧とし、心の均衡を保つことで実際、試そうとしたのだ。
理論の正確さではなく、理論の性格さを。




