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地球の墓標、宇宙の海  作者: 冬野夏
episode C
100/111

95


「それで」

こう言うと、右頬を覆うように頬杖をつきながらフライドポテトをサクサクと咀嚼し始め、「行儀悪いからそれ、やめなさいよ」と向かいに座る彼女がテーブルにつけた右肘を指差してくる。

それを無視してそのまま食べ続ける。目の前の相手は諦めたように小さく首を横に振って見せ、それから自分のポテトを食べ始める。

「何で誰もいないんだと思う?」

口の中をいったん空にするとこう訊ね、相手は目を丸くする。

「そんなの知らないわよ。わたしが知りたいくらい」




その日はいつもどおり学校をサボり、早めの昼食をと馴染みのファストフード店へと行っていた。

そこではセットを注文し、席についてまずフライドポテトを食べると、壁からの骨伝導共振音によって自身の蝸牛が「パリパリパリ」と挙げたての咀嚼音を耳に響かせるので、右肘をテーブルに着いて右手に頬を乗せるようにしながらポテトをひとつずつ、付属のケチャップにディップしてから食べ続ける。この食べ方は以前から「行儀が悪い!」と咎められたことがあったものの、この騒音を少しでも紛らわせるのに少しでも役立っているような気がしてからは、常にフライドポテトを食べるときにはこうしている。

けれどコーラを飲む際の、”シュワー”という、気泡が勢いよく泡立っているような音は、炭酸のフレッシュさを感じさせて悪くない。だからコーラを飲むときにはパッと右手を顎から退かし、一転姿勢を良くしてコーラを飲む。

そのあとメインのハンバーガーを食べるのだけど、これが最近あまり好きでなくなってきていることに気がついた。食べようとした際には空気中、肉眼では検知できぬほどの装置が(というか、それは自然の流れを追うようだ。わかりやすくいえば分子配列の利用であり、ピタゴラスイッチ的といえばよりわかりやすい)アロマ噴射を行い鼻腔を高級肉のフレーバーを味わうようにと強制的にも刺激する。そうして食べれば、なるほど確かに旨い。のだけれど、この味が如何に”高級肉”であろうと既に慣れ親しんだ味であり、むしろ”低級肉”の味を知らない分、その味に説得力はないのであった。


「そういえば昨日のドラマ見た?」

こちらから話題をふると彼女は「あっ、見た見た!」と嬉々したように頷く。

「ノットログイン、面白いよな」

「そうね」

こうした会話に花を咲かせた種元は、コメディドラマである『ノット・ログイン』。

ドラマのあらすじはこのような感じ。

主人公はある日、えらく酔っ払って帰宅(”酔っ払う”の定義についてまずクレジットにおいて並々と表示されていたけれど、脳味噌を覗くのが趣味である人以外にとっては蛇尾に等しいので省略)すると、次の日、朝に起きていざ自分にログインしようとしたところで、そのログインパスワードを忘れてしまう。

それでいつもの自分が自分に成れず、てんてこ舞いになって慌てふためく!という滑稽型のコント系のコメディ。


主人公の台詞「平等を求めるってことは、責任を負うってことだろ?そんなのはご免だね」「自由であるっていうのはじゃあ何かい、遺伝子がすべてを決めているっていうのを否定するのか?」

それに対してヒロインの女性は頷く。いつもどおりの自分になれない主人公はそこで激昂するように頭を掻き毟る。それから舌を見せるように口を開いて台詞を吐き出し始める。

「そうだったら、悪事を働くのも遺伝子による選択ってことになるだろ?罪がなくなっちまう」

「それでいいじゃないの。罪がなくなるっていうのは、平和になるってことでしょ」

ヒロインの笑顔に、主人公は首を横に振る。

「俺たちが平和だぞ」




微妙な台詞よね。狙い過ぎっていうか。

そう言って彼女は赤い髪を掻き分け、チューと手につかんだアイスコーヒーをストロー越しに飲む。

その顔を見ながら弁明のように、アナロジーを示すのは無理もないことだった。

「聞いた話でたいそう昔には、こんな入社試験があったそうだ。”たった一ページだけ、検索する問いに対して明確な解答が示されているページが検索結果として表示される、検索ワードを探しなさい”」

へえ、と相手はあまり興味を見せない生返事。

「この試験は一見、難解に思われた。けれどそんな中、一人だけがほんの少しの時間で挙手をすると、試験官に見つけた検索結果を呈示する。そこにはたった一つのページしか検索結果として表示されておらず、そしてそのページは、確かに検索した疑問に対する明確な答えが述べられていた。さてここで問題、この人はなんて検索をしたと思う?」

「さあ、わからないわ」

やる気ない素振りを無視して捲くし立てるように、話を続ける。

「答えはね、”犬の右手+サルの左足+鷲の鼻=はなんですか?”というもの」

「なにそれ?めちゃくちゃじゃない」

「でも面白いだろ。それに、めちゃくちゃといってもこれに対する解答を行うページはひとつだけあったんだよ」

「それってほんとに?」

「ああ。ちなみに答えは、”牛のケツ”」

「……なるほど」

怪訝な表情。窄めた目付き。すべてを飲み込み、思わずにやけてしまう。

「どうして見つかったのよ?そもそもその問題からして……あっ」

「気付いた?そう、この答えを記したページは、検索ワードを入れた本人が作ったんだよ。つまりは、試験内容を聞いてその人は答えが表示される一ページを探すんじゃなくて、その一ページをまず作ったんだよ」

「そんなのずるじゃない!」

「でも、試験にはそういった注意はなかった。だから合理的としてその人は受かったらしい。けれどそれで会社はもちろん、次からは気をつけた。同じような手段をとられないために”ただし、自分でそのページを作るのは禁止とする”としたんだ。けれど翌年も、同じようにすぐこの試験を突破する人が現れたんだ」

「へぇー!じゃあ、今度こそ、その人はすごかったんじゃない?」

「どうかな。ちなみにその検索ワードは”山・川・谷・空・湖・ほとりの先に続く言葉は?”」

「変なワードね。でもそれで、答えのページがあったわけでしょ?それもその人のマッチポンプでなしに」

「ああ。検索結果として表示されたページに示された答えは”G線上のアリア”」

「どういうこと?」

「種を明かせば簡単だよ。そのページもまた任意に作られたもの」

「じゃあ試験内容が漏れていたとか?」

その質問に首を横に振る。

「いいや、そんなことはない。けれど、やっていたことは最初と同じだよ」

「自分で作るのはアウトなんでしょ」

「そう。けれど、この場合は自分じゃなかった。つまりAIにやらせたのさ。むしろそれはAIというにはあまりにお粗末な構成で、だからプログラミングとでもいっておいたほうが適切だろうけど。まあとにかく、それに命令したんだ。つまり、あるページのアルゴリズムに”……”という検索ワードがきたら、”……”との文を表示せよってね」

「それって違反じゃないの?」

「そう思えたかも知れない。けれど、その人は胸を張ってこう言ったんだ。”自作自演のように、自分で答えのあるページを作るのは禁止とありますが、AIが作ったページが禁止とは言われていません!”とね。まあ彼が言うことが正しい。会社もそう判断したらしく、彼も受かったというわけさ」

「でもそんな話で、いったい何が言いたいの?ずるがしこいと何かと得をする、とでも?」

「いいや違う。そういったことじゃないんだ。この話を通して言いたいのは、”たった一つの答えを求める場合、一番早く、そして正確にその答えを得るには、自分で自分の問題に対して答えを用意するっていうのが一番だ”っていうことさ」

「なにそれ?当たり前のことじゃない?」

「ところがそれに気付かない人は山ほど居る。いや、言い方が悪い。正確には、”自分で答えを用意していることに気が付いていない人”がかな」

「それって双方になにか違いある?」

「大違いさ!いいかい、大概の人は結局、人の言葉を信じているようで結局は自分の言葉しか信じていないってことなんだから」

「ふふっ」

笑う姿は小鳥のようで、「どうして笑うのさ?」とした言葉を巧みに引き出させた。

「だってその考えもまた、自分の主張に包括されているじゃない」

「あ……まあ、そうだねそのとおりだご名答」

「でもそれでいいんじゃない?誰だって、自分の言葉を自分に当てはめなきゃ、それこそ自分じゃないでしょ?」

「まさに『ノット・ログイン』と同じってことか。上手いこと言われたなこりゃ」

「そうした意図で話したことじゃないの?」

「そんなこと忘れたよ」

「それは自分の言葉?」

「多分」

そこで残りのコーラを飲み干し、店を出ることにした。



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