彼女は夢を見る
彼女は本を読んでいる。
重いハードカバーを、両手でしっかり支えながら、窓際の椅子に腰かけて。
閉ざした窓の外は雨。
小さな庭に、しずくが降りしきる。
緑が濡れて色合いを増している。
彼女はこの時間が好きだった。
雨音が伝わらない静寂の中、手の中に広がる文字たちが、彼女を夢へといざなってくれるのだ。
夢の中では、窓の外に道化が現れる。
立派な衣装をまとった、瀟洒なクラウン。
その手の傘をかざして広げると、彼を濡らす水滴が粉々に弾けて宙を舞い、空へと昇って、虹になる。
すると、その虹を通った雨粒は、みんな七色に彩られて落ちてくるのだ。
あっという間に、窓の外は極彩色の舞台。
赤、オレンジ、黄色、緑、きらきら揺れる。
青、藍色、紫色、きらきら落ちる。
クラウンが傘を大きく振り回す。
その先が地面をかすめ、弧を描いて、一周。
すると、傘が触れたその地面から、シャボン玉がはじけ飛ぶ。
すいか玉よりも大きくて、白くて、堅くて。
当たって散った雨粒で小さな虹を作りながら。
白いシャボン玉が転がる。ころ、ころ、くるくる、フィギュアスケートのように。
白いシャボン玉が跳ねる。とん、とん、ぽおん、トランポリンのように。
あっという間に、窓の外は華麗なサーカス。
その真ん中で、クラウンがうやうやしくお辞儀をする。
たったひとりで。
極彩色の舞台の、華麗なサーカス。
ひとりぼっちの。
クラウンは窓へと歩み寄る。
鍵のかかっている窓の外。
油の流れるように手をかざして。
窓が開く。
クラウンは彼女を見つめる。
彼女もクラウンを見つめる。
クラウンが手を差し伸べる。
その手を、彼女が取ってくれるのを待っている。
彼女は微笑みながら、その手を見つめて。
そして、静かに首を振った。
クラウンは動かない。
彼女も動かない。
やがて、クラウンは肩を落として、手を引っ込める。
彼女は微笑んだままで、わずかに首をかしげる。
あやすように。
クラウンがうやうやしくお辞儀をする。
その寂しそうな目が閉じると共に、夢は。
終わる。
彼女は両手で本を持って、庭を向いたまま。
庭には雨が降り注いでいる。
開いた窓から、芝生を打つ雨音が聞こえてくる。
窓が、開いている。
彼女は本を閉じ、そこで初めて席を立って、窓を閉める。
鍵をかけ直して、また席に着く。
そして、また両手で重いハードカバーを開く。
手の中に広がる、文字たち。
彼女は夢を見る。