騒がしい人たち
街の外へとティーネを連れて来たアルスは人気のない森へとティーネを連れて来た。
ティーネはどんどん元の姿へと戻り始め、額に捻れた一本角、尻尾は魚のような形状のドラゴンの姿へ変わる。
ティーネの魔力を吸って何処かへ飛んで行ってしまったあの石、何か良くない気を発していた。それに、あれに触れてから聞こえた声は前に一度聞いた事がある。
ハピュ族の村で夢の中に出てきた黒いドラゴンの声だ。
『うぅ、ここは・・・』
ティーネが首を持ち上げあたりを見渡す。
気絶していただけで大丈夫そうだ。
「良かった。傷は処置しましたが、なかなか起きないので心配しました」
ティーネはアルスにお礼を言うと、辺りを見回す。街の中ではない事を知ると安堵の表情を見せた。
『この姿で皆さんを恐がらせてしまったのではと思いましたが、王子が運んでくれたのですね。ありがとう』
「はい、誰にも姿は見られていません。
しかし、さっきの黒い石は一体、、、」
ティーネの顔が険しくなる。
黒い石の正体を知っているのかもしれない。
アルスが口を開けると同時に、ティーネが言葉を発する。
『あの力は間違いなく厄災レムレスの力でした。帝国があの力を使っているなら、これは国同士の争いだけでは済まないでしょう』
その時、優しい表情のティーネの顔が強張るのが分かった。
『帝竜が狙われているなら、兄様やラグシルドさんも狙われているはず。もし二人の力を手に入れたら、レムレスは間違いなく復活するでしょう。
早く知らせなければ』
ティーネが目を閉じ深く呼吸をする。
どうやら、二人に念話をしているみたいだ。
『・・・二人とも繋がりません。直接向かうしかないみたいです。しかしーー』
ティーネは口を紡ぎ目線を下へと逸らす。
ジャファールが住むと言われる孤島とラグシルドの住む森は離れている。
ティーネの翼は空を飛ぶ事には長けておらず、両方を往復するには時間が掛かってしまうだろう。
ティーネの曇った表情は、俺が進化せざるを得ない状況になった事で責任を感じているのかも知れない。
しかし、帝竜に近づかなければ神に近づけない。
俺は改めて進化先を見直す。
【ウラノス・ナイトドラゴン】
【空を自由に飛ぶ為に翼がより発達し、音も無く羽ばたき獲物を捕らえる事が可能。
光魔法を得意とした攻撃と回復魔法を扱える。
天空に住まうと言われているが、その姿を確認出来たものはいない】
前に見た時よりも少し説明文が増えている。
それよりも問題なのは次の進化先のアーテル・ドラゴンだ。
【アーテル・ドラゴン】
【闇魔法を得意とし、全身から放たれる闇は何よりも深く、生き物を恐怖に陥れる。影に潜む事が可能。力も強く、口から吐かれる黒い炎は全てを焼き尽くすと同時にその大地は草木の生えない土地となる】
アルスは眉を寄せもう一度見直す。
ノイズが無い。前に見た時は所々が読めなかったはずだが、今回はきちんと説明されている。
いや、それよりも何だこの禍々しいドラゴンは。
光と闇。真逆の進化先が示されているのは神がまた面白半分で干渉しているのかも知れない。
進化先はもう決まっている。神が何かしようが俺は光へと進む。
「ティーネさんには前にも話しましたが、この力は皆を守る為の力にしていく。これは自分で決めた事です。だから自分を責めないで下さい」
その言葉にティーネは安堵と不安が混じった様な複雑な表情を見せる。
【進化しますか?】
感情のない声が頭に響く。
あぁ、ウラノス・ナイトドラゴンに進化する。
【進化が許可されました】
その言葉と同時に身体は光へと包まれる。
身体の魔力が膨れ上がる感覚と同時に、自分の身体が変わり始めたのが分かる。
光が収まり中から姿を見せたのは、一匹の神々しいドラゴンだった。
純白の身体から生えている翼は鳥の様な翼をしており、翼の先端に近づくにつれて淡く透き通るように見える。
立派な捻れた二つの角。額には、まるで朝焼けの様な色のクリスタルが輝いており、腹以外は肌触りの良さそうな白い体毛が尻尾の先まで覆っていた。
あまりの美しさに驚きを隠せないティーネは口を半開きにして、ぽかんとした表情を見せる。
自分ではどう姿が変わったのか分からないアルスは、ティーネの様子を見て困惑する。
『どうされました?』
アルスの問いかけにようやくハッと我に返ったティーネは首を横に振る。
『いえ、なんでもありません』
美しさに見惚れていたなんて話せないとティーネは口を紡いだ。
アルスは身体の調子を確認する。
前よりも少し大きくなっているように感じるが、外見以外ほとんど変わらない。むしろ身体が軽くなったように思える。
【光魔法ほぼ全て無詠唱可能です】
試しに色々魔法を使ってみる。
どれも上手く発動はするが、やはりライトグングニールやリフレクションの威力は落ちてしまうようだ。アルスは翼を大きく広げる。こちらも問題は無さそうだ。
一通り確認を済ませてアルスは人へと姿を変えると、ティーネへと声を掛ける。
「ティーネさんはお兄さんの方へ向かって下さい。俺は一旦街に戻ってからラグシルドの方へ向かいます」
『はい、何かあればすぐに連絡をして下さいね』
申し訳なさそうに一礼し翼を大きく広げて、ティーネは海の方角へと飛び去っていった。
アルスが街へと戻ると何やら広場に人だかりが出来ている。
また何かあったのかと人だかりの中心を覗いてみたアルスは見た事がある顔ぶれにギョッとした。
そこには金色の髪を後ろでまとめ、露出度の高い服装の女性と、冴えない茶髪の少年が見えた。女性は荒っぽい口調で声を張り上げ、それを少年がまぁまぁと止めている。
間違いなくラグシルの街のギルドマスターであるミネリアと、不思議な魔法を使う少年だ。名前は確かーーー
「邪魔だロベルト!
こいつら王子の居場所も情報も知っているくせに隠し立てするなんていい度胸じゃないか。
私のダガーの餌食になりたいらしいね」
「それギルドマスターが言う台詞じゃないです!
ミネリアさんは荒っぽいんですよ!」
「誰が荒っぽいだって?」
慌てて口を紡ぐロベルトにミネリアはジリジリとにじり寄ると、胸ぐらを掴んでロベルトを振り回す。
あの二人には絶対に関わりたくない。
正体もドラゴンになる事も知られている以上、絶対に厄介な事になるのは目に見えている。
そこへ騒ぎを聞きつけたエーレム達が現れた。
これだけ騒がれては上の者が出て来るしかないのだが、この状況は非常にまずい。
「ラグシルの街のギルドマスターがどのようなご用件でこちらに?」
顔はにこやかに笑っているようにみえるが、その目は笑っていない。当たり前だが、この忙しい時に王子を出せと騒がれエーレムも頭にきているのだろう。
「アルス王子がここにいるのは分かっているんだ。なぁに、帝国に引き渡そうなんて考えちゃいないよ。ただ話をしたいだけさ」
エーレムは仲間に目で合図を送り、人だかりを収束させるよう指示を出す。
「その話が本当だとしても我々は情報を売るつもりはない。それに申し訳ないが、今この街は帝国と一戦終えたばかりで皆疲れている。揉め事はやめて頂きたい」
確かにそうですよね! とロベルトは言いながらミネリアの服を引っ張り何とか動かそうとするが、ミネリアは一歩も動く気配がない。
「ふーん、しらを切るつもりか? まぁ、出てこないなら引きずり出すしかないな」
その言葉にエーレムとその仲間達は一斉に武器に手を掛ける。
一触即発の空気にロベルトは慌てて二人の間に入る。
「ここで争い合っても意味がないですよ! お互いに冷静になってまずは話し合いましょう」
あたふたとするロベルトをよそにミネリアは苛立ちを隠せず、両腰に下げているダガーへと手をかける。
「ロベルト、ここで騒ぎを起こしたらあいつはどれくらいで出てくるだろうね?
・・・邪魔したら分かるな?」
ロベルトはミネリアの鋭い目付きと魔獣のように戦いに飢えた顔を見て何も言えず、下を向いて黙り込む。こうなると止められないと分かっているのだろう。
エーレムはため息を吐きながら体勢を整え、手を掛けていた武器をしっかりと握る。
「どうしても引かないでのなら、この街と王子を守る為に動かなければならない。もう一度言う。潔く引いてくれないか?」
「いいや、一度あんたと戦ってみたくなった。このまま続けさせてもらうよ」
いつ帝国の兵士が襲って来るか分からない最中に無駄に体力を削るのはまずい。二人を早く止めないと。
「【光よ、彼の者を守る結界となれ。リフレクション】っ!」
武器を振り下ろす前にエーレムとミネリアとの間に結界を張り巡らせる。
通常よりも長く詠唱し強度を高めた結界は頑丈で、二人の武器は弾き飛ばされ地面へと音を立てて落ちた。
アルスは驚く二人へと歩み寄る。
ミネリアはようやくお目当ての人物が現れた事にほくそ笑んだ。
「ようやくお出ましか。
お前を探し出すのにどれだけ走り回って来たか。その代償として私の気が済むまで相手してもらうよ」
アルスは面倒くさそうに眉をしかめ、ため息を吐きながらエーレムの元へと向かう。
「エーレム、悪いがこの人は執着心が強くて諦めが悪い。少し話し合ってくるが、とりあえず何かあれば知らせる」
「はい、何かあればすぐお呼び下さい」
エーレムはミネリアの方を向き不満そうに見つめてから兵士たちと拠点へと戻って行った。
「とりあえず、ロベルト。確認頼むよ」
ミネリアに言われ、ロベルトは【アナーリジ】と唱える。
ーーアルステラ・エル・シュトラールーー
シュトラール王国の王子。
ウラノス・ナイトドラゴン【人化】
、、の力でドラゴンと、、、事になった。
光魔法を得意とし、【ライトグングニール】や【リフレクション】を、、、この魔法、、から続く王家の、を受け継ぐ。王、、扱えーーーー
「・・・所々読めない部分も結構ありますが、間違いないです」
ロベルトの魔法は人の隠された情報を読み取る事ができる。ミネリアが手元に置くはずだ。概ねシロの正体を暴こうとした結果、俺に行き着いたのだろう。
だが、エーレムや街の人々は俺がドラゴンになる事を知らない。もし正体がバレてしまえば街は恐怖に陥るどころか討伐なんて事も考えられる。慎重に行動しないと。
「じゃあ説明してもらおうか。どっちが本当の姿なんだい? 人か、それともドラーーー」
「止めろ」
今まで見た事がない怒りに満ちた形相で二人を睨みつける。
こちらまでビリビリと伝わってくる怒りと、身体が締め付けられるほどの緊張感がミネリアとロベルトを襲う。
「話したいのなら、この場ではなく別の場所に移動して下さい」
「わ、分かった。ロベルト、あの場所に転送してくれ」
ロベルトはゴクリと唾を飲み込み額の汗を拭いながら【我の求めし場所へと誘え、テレポート】と詠唱した。




