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竜騎士と黒い石



 ガナドーラが街の北側に辿り着いた時、民衆達と兵士との争いが起きている最中だった。

 ガナドーラは眉間にしわを寄せ苛立ちを露わにする。


「どいつもこいつも付け上がりよって、なんだこのざまはっ! 今すぐ民衆を黙らせろ!」


 竜騎士達がドラゴンを従え民衆へと襲い掛かるその時、突然地面から無数の植物の根が生えたかと思うと次々とドラゴンと竜騎士達を縛り上げた。


 ガナドーラはいち早く気づき、ドラゴンと共に空へと舞い上がり難を逃れる。

 そして、この騒ぎの発端であるアルスが屋根にいる所を見つけ、ドラゴンへと指示を送った。


 ドラゴンは目標へと勢いよく急降下し、着地する前に翼を一度羽ばたかせ着地の衝撃を和らげて降り立つ。


 その風圧は立っている事が出来ないほど強く、アルスは自分の身体にツタを巻きつかせフードが脱げないよう手で押さえる。


「王子の名を使い反逆とは随分思い切った行動を取ったものだ。

その行動力を王子を探す方に向けて欲しかったものだがな」


 ガナドーラはドラゴンの上からアルスを見下ろしフムと顎に手をやる。


「反逆を起こした者がどれほどの屈強な者かと思えば、こんな奴一人に手こずっていたとは」


 思っていたよりも小柄な体型を見てガナドーラがフンと鼻を鳴らす。

 しかし、アルスはガナドーラに目もくれず、民衆が攻撃に巻き込まれていないか下を確認する。

 その態度が気に入らなかったのか苛立ちを露わにしながら、ガナドーラは言い放つ。


「我は他の奴らと違って甘くは無い。無残に引き裂かれたお前を見せつけてやれば奴らも大人しくなるだろう」


 合図と共にドラゴンが大口を開けてアルスへと勢いよく迫るが、アルスは焦る事なく詠唱を始める。


「【光よ、我を守る結界となれ。リフレクション】」


 アルスが光の結界に包まれると同時にドラゴンの鋭い歯が結界へと突き立てられた。

 しかし、結界を食い破るどころか牙が砕け悲痛な声を上げながら弾き飛ばされた騎竜は、ガナドーラを乗せたまま仰向けに倒れていく。


「ふぬっ!?」


 ガナドーラは間一髪のところで綱を外してドラゴンに押し潰されずに済んだが、先ほどとは違い顔色が悪い。

 先ほどの結界魔法を見て気付かないほどガナドーラは馬鹿ではない。


「シュトラール王国を守っていた物と同じ結界魔法。こんな所で会うとは、アルステラ王子」


 アルスもこれ以上隠しても仕方がないと、フードを脱ぎ素顔を露わにする。


 白銀の髪に青い瞳が露わになると、ガナドーラに緊張感が走る。


 今まで散々探し回り、最近は上からの圧力と皇帝の体調が思わしくない事で焦りを見せていた帝国だが、ようやく報われるとガナドーラは思った。


 しかし、騎竜と竜騎士を失った今はアルスを捕らえるどころか返り討ちにあうだけだ。

 せめて王子が生きていた事を報告しなければと、アルスに気づかれないよう探索用の魔獣へと指示を送る。


「国と民を捨てて逃げ回っていたお前が、今頃現れるとは。自分では何も出来ないからと民を使って自分は高みの見物か」


 わざと煽る用に投げ掛けてくる事にアルスは気づき、ガナドーラの視線に注目する。

 そして、建物の隙間を縫って逃げるスライムを見つけ【バーニングフレア】で跡形も無く焼き尽くした。


「もう後がないぞ。このまま拘束されるか死ぬかだ」


 追い詰められているのにも関わらず、ガナドーラの表情は焦りを見せない。まだ何か隠し持っているみたいだ。


 その時、ガナドーラが素早く何かを地面へと叩きつける。あっと言う間に辺りは黒い靄に包まれ前が見えなくなってしまった。


 煙幕かと思われたが、徐々に身体に変化が起き始めた。

 急いで鼻を覆ったものの心拍数が上がり呼吸も荒くなっていく。自分の意識とは関係なく口から唸り声が漏れそうになり慌てて歯を食いしばる。


「ふはははっ! これは煙幕として使えるだけでなく、ドラゴンを興奮させ暴れさせる作用があるのだ。このままドラゴン共に八つ裂きにされるがいい」


 黒い靄の中でガナドーラが高い笑い声を上げる。靄から抜け出そうにも全く見えず、そうこうしているうちに自分の意思とは関係なく地面に這いつくばる。

 黒い靄の中から興奮したドラゴン達の咆哮が響き渡り、民衆の悲鳴が聞こえ始めた。


 まずい、もうドラゴン達が襲い始めてしまっているのか! 早く助けに行かないと。


【異変を感知しました。興奮の効果をライトヒールで解毒します】


 身体が軽くなったアルスは【ブリーズトルネード】と唱え、黒い霞を吹き飛ばす。

 そして子供に大口を開けて迫るドラゴンへ【ライトグングニール】を一気に投げつけた。


 ライトグングニールはドラゴンの大きく開いた口を上から突き刺す様に刺さり、そのまま地面へ深々と突き刺さる。


 続けて逃げ惑う人々を追いかけるドラゴンへと狙いを定めて力一杯槍を投げる。

 槍は硬い鱗を突き破り肉を抉って次々とドラゴンの首へと突き刺さり、続けざまに追撃の槍を喰らわせた。


 追撃した槍はドラゴンに突き刺さるどころか、まるで大砲で穴を開けたかの様にドラゴンの身体を貫通し地面にクレーターを作る。


 その光景に唖然とし恐怖を覚える竜騎士達。民衆もその光景を見て勝利の声を上げる者もいたが、やはり少なからず恐怖する者もいた。


 アルスは注目の的になっている事に目もくれずガナドーラを探す。

 先ほどの戦いを利用して何処かに逃亡してしまったのか、辺りを見回すが姿はない。


 逃したか。

 だが、これで噂が広がれば帝国も血眼で俺を探しに来るはずだ。

 後は各国で騒ぎを起こせば帝国内部への侵入も可能になるだろう。


 アルスがティーネに通信しようとしたその時、背後からの気配を感じて慌てて飛び退く。

 飛び退いたと同時に灰色の液体が建物を飲み込み液体の中へと閉じ込めた。


 灰色の液体はグネグネとうねりながら建物と同じくらいの大きさのドラゴンへと姿を変えていく。


「スライムなのか? この大きさと姿は一体・・・」


 灰色のドラゴンには鱗や鋭い牙は無いが、ドロドロとした灰色の身体はまさしくスライムそのものだ。


 先程まで戦っていた人々もスライムに気づき慌てた様子を見せる。怪我人もいる中人々を無理に戦わせる事は出来ない。


「こいつの対処は任せてくれ、皆は怪我人を連れてすぐにここから離れるんだ」


 人々が怪我人を連れてその場を離れる。

 その時、ドラゴンの身体から無数の触手が伸びアルスへと迫る。

 無闇に結界でガードすれば、結界ごと呑み込まれ身動きが取れないままスライムの養分になる可能性もある。


 アルスはバーニングフレアと唱え、スライムを業火の中へと閉じ込める。

 物理攻撃が効かないスライムには魔法が有効のはずだが、スライムは炎を物ともせず触手は炎を突破してアルスの腕へと絡みついた。


「くっ」


 アルスは空間魔法から剣を取り出し触手を切り落とす。

 腕に巻き付いていたスライムは地面に落ちグネグネと動きながらドラゴン型のスライムへと戻っていく。

 そして一息つく暇もなく別の触手が次々とアルスに襲い掛かった。


「炎が駄目なら! 【アイシクルフリーズ】」


 次々とアルスに襲い掛かって来た触手に触れた瞬間、バキバキと音を立てて触手が先から凍り付いていく。


 スライムは瞬時に凍りつく触手を切り落とし、新たな触手を生成するとまたアルスへと向けて襲い掛かる。


 お互いに攻防が続くが、スライムの倒し方を模索しているうちにアルスの方が早く魔力が尽きてきた。


 スライムも消耗しているとはいえ、まだまだ動きは活発で体力もありそうだ。


 これ以上魔力を消費してしまうと人化が解けてしまうと考え、手を緩めてしまったアルス。

 突然足元の地面が割れ対処する暇もなく、スライムの触手がアルスの足をがっちりと捕らえた。


 こいつ、地面から触手を出して来たのか!? 知能も普通のスライムより格段に高い。

 いや、戦いの中で俺の動きに適応してきている。


 スライムは自分の身体にアルスを引き込もうとする。

 足に絡みついた触手を切り落とそうと剣を振りかざしたが、先に足を引っ張られバランスを崩し、そのままスライムの方へと引きずられていく。


 アルスは剣を力一杯屋根に突き刺し引き込まれないようにするも、触手が次々とアルスに絡みつきその冷たさと触感にアルスは鳥肌を立てる。


「うっ、アイシクーー」


 詠唱するよりも早く触手がアルスの口を塞ぎ、剣を離させようと触手が強く絡みついた。

 離すまいと力を込めていたアルスだったが、指の隙間から徐々に触手が入り込み、ついに剣を離してしまう。


 待っていたかのようにアルスの四肢の自由を奪ったスライムは自分の前へと引き寄せると、悠々とスライムの横から現れたガナドーラの前へと差し出した。


「まだ試作の段階だがよく出来ているだろう? 

これは切り札として置いておくつもりだったが、お前を逃したとなるとこちらの首が無くなるのでな」


 詠唱も身動きもとれず、焦るアルスにガナドーラは不気味な笑みを浮かべる。


「お前を引き渡す前に仲間をどうにかしなければな。

少し情報を蒔けば、お前を助ける為にすぐこちらに駆けつけて来るだろう」


 下から街の人々がアルスを助けようとする様子を見たガナドーラは、スライムにアルスを持ち上げるよう指示した。


「無駄な抵抗はするな。王子に傷を付けたくないだろう?

生きてさえいればいいと上からは言われている。足が無くなろうが目が見えなかろうが構わないぞ」


 民衆はガナドーラの言葉を聞き立ち止まってしまう。

 その様子にガナドーラはほくそ笑み勝利を確信した。もはや楯突くものはいない。


 ガナドーラが民衆に気を取られていたその時だった。スライムがスッパリと切断され、捕らえていたアルスごとドサリと落ちる。

 アルスに駆けよって来たのは南側にいるはずのエーレムだった。


「閃光の魔女、やはり王子を助ける為に現れたか。しかし残念だったな、このスライムはそこらのスライムとは違うぞ」


 アルスはスライムの拘束から逃れようと身体をよじるが、スライムは切り離されても動いており、アルスをがっちりと捕らえて離さない。

 それに加え口も塞がれており、声を発する事さえ出来ない。


「南側は大丈夫ですよ。後は私に任せて下さい王子」


 口調が違う事でようやくアルスは、エーレムに姿を変えたティーネだと気づく。


 ティーネはアルスに絡みついたスライムへと軽く触れる。すると、スライムはあっという間にカラカラに干からびて砂へと変わってしまった。


 アルスは驚きながらも砂を払い落とし立ち上がる。

 余裕の表情を見せていたガナドーラも、これには目を見開き身体を震え上がらせた。


「お、お前! 一体何を!?」


「スライムは殆ど水分で出来ています。なら、身体から水を全て無くしてしまえばいい。簡単な事です」


 ティーネが水帝竜である事を知っているアルスにはその説明で納得できたのだが、ガナドーラには通じない。


「何を言っておる! 水を無くすなど、そんな馬鹿な話があるかっ! そのような魔法聞いた事もないぞっ」


 確かにこれは魔法と言うよりティーネの特性に近い。水を司る水帝竜だからこそ水を自在に操る事が出来るのだろう。


 ガナドーラは切り札が使えなくなった事と、人質として捕らえていたアルスを取り逃がした事で焦ったのか、スライムをティーネへとけしかけて逃げるように走り出した。


 それを逃すはずもなく、アルスはプラントネットと唱えてガナドーラを植物のツルで縛り上げる。

 ガナドーラはツルに捕まりギャッと声を上げて倒れこんだ。


 倒れた主人を助けようとスライムは大きく膨らみ口を大きく開けティーネへと迫る。

 しかし、どれ程スライムが大きくてもティーネの前ではただの水の塊に過ぎない。

 スライムの攻撃を華麗にかわして、スライムの身体へ触ると同時にスライムはみるみる小さくなっていき、最後は砂に代わり消えてしまった。


「我の、切り札が・・・」


 身動きの取れないガナドーラは地面に顔を伏せぐったりする。

 もう逃げる気力もないようだ。


 ようやく街の騒ぎの収束に人々は安堵の表情を浮かべる。

 怪我人も多数出てしまったが、皆の力でどうにか乗り越えることが出来た。

 後は帝国の兵士をどうするかだが、民衆は帝国に酷い扱いを受けていた。その報いを受ける事になるだろう。


 その時だった、ガナドーラが酷く怯えた表情になり、ガタガタと震え出し始めた。


 これから行われる事に怯え始めたのかと思っていたが様子がおかしい。

 ガナドーラ以外の竜騎士達も同じように震えながら血の気の引いた表情で一点を見つめ、ブツブツと何かを呟いている者もいれば、叫び声を上げて暴れ始める者も出始めた。


「・・・待ってくれ、まだ負けてない。まだ戦える・・・」


「罰を、受ける・・・嫌だぁ、死にたくない」


「誰かっ、誰でもいい! いっそ今殺してくれぇっ!!」


 竜騎士達の変わりように民衆もきみが悪いと後ずさりし、距離を取り始めた。


 突然の出来事に立ち尽くしていたアルスとティーネに、ガナドーラは振り絞るように声を出した。


「我々は失敗すれば捨てられる捨て駒と同じ。お前達も道連れにしてやる」


「一体何をーー」


 突然声を張り上げて叫ぶと同時に、ガナドーラとその部下達の身体から次々と黒く禍々しい石が飛び出し、それが一気に弾け飛ぶ。


 距離を開けていた民衆は咄嗟に建物に隠れたが逃げ遅れた者もおり、アルスは結界を民衆の周りへ作り出した。

 しかし詠唱出来なかった分、耐久力は少し劣り結界にヒビが入る。


 アルスはガナドーラの近くにいた為、結界が現れるより速く尖った黒い石がアルスの目の前に迫っていた。


 くそ、間に合わないっ。


ドスッ


 黒い石は、アルスを庇ったティーネの肩へと深く突き刺さった。

 衝撃を受けた事で姿が元のティーネへと戻りその場に倒れ込む。


「ティーネ!?」


 アルスはティーネへと駆け寄り上体を起こす。

 傷が深い、早く手当てしないとまずい状態だ。


 引き抜こうと黒い石に触った時、アルスの身体にまるで電気が走ったかのような衝撃が襲った。

 意識が飛びかけると同時に、いつもとは違う声が頭に響く。


【ーーまだ足りない】


「っ!?」


 頭を揺さぶられたような感覚の中、アルスは石を引き抜き急いでライトヒールを唱える。

 淡い光が傷口を包み込み傷口は塞がったが、ティーネは目を覚さない。

 気づくと、ティーネの腕は徐々に鱗が出始め爪や牙も現れ始めていた。


 今ここで戻るのはまずい。どこか安全な場所に移動しないと。


 その時、青いブレスレットが光りエーレムの声が聞こえてきた。


「こちらエーレム。帝国軍の制圧は完了しました。外の仲間と合流して今そっちに向かっているところです」


「すまない、ティーネさんを連れて一旦街を離れる。このままだと元の姿に戻って皆んなを怖がらせてしまう」


「・・・承知しました。では落ち着いてからまた連絡を。我々は本当の領主を連れ戻して参ります」


 アルスは【アニマクラフト】を唱え、エーレムを狼の背中へと乗せてから自分も飛び乗ると、街の外へと急いだ。



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