戦う準備を
地下通路を抜け橋の下へと出て来たアルスは、そのまま状況を確認する為にフードを深く被り、テントの集まる避難所を訪れる。
帝国から偵察に来ているなら、情報の集まるこの場所を拠点としているはず。
今何処に竜騎士がいるのか把握し、エーレム達を無事に街から脱出できるようにしないと。
アルスはテント前に集まる人達に怪しまれないようにゆっくり近づいて聞き耳を立てる。
皆険しい表情で、今ある情報を頼りに現状を把握しようとしていた。
「まさかこの街にドラゴンが現れるなんてねえ。帝国だけでも手一杯なのにこれからどうすりゃいいんだ」
「その話だが、どうやら今回の騒ぎは反乱を起こした奴らがいると言う噂だ」
「そいつらがドラゴンを? まさか。
ドラゴンは帝国にしか操れない。ましてあのドラゴンは帝国さえも手を出さないという帝竜らしいじゃないか」
「あの陥落したシュトラールの王子の亡霊が現れたと言う話もあるぞ。これは無念を晴らす為に王子が呼び寄せたに違いない」
「それでフドル様はあの様に?
帝国に事情聴取された時に少しテントの中が見えたけど、まるで恐ろしいものでも見たかのように震え上がっていたわ」
ある程度聴き終えたアルスは、不審に思われないようにその場を抜けてテントの裏へと隠れる。
結構噂にはなっているようだ。
しかし、竜騎士達の動きが分かる情報は無かった。もっと聞き回らなければ。
アルスが動こうとした時、強い風がテントを大きく揺さぶり土煙が舞う。
上を見上げると、翼を大きく広げたドラゴン達が中央の広場に降り立とうとしていた。
どうやら帝国には戻らず、今回の騒動の元凶を探していたみたいだ。
皆が広間に集まって行くので、アルスも人混みへと紛れて広場へと向かう。
そこには固唾を飲んで竜騎士を見守る人々が集まっていた。その中央にはドラゴンと竜騎士達が数十人集まっている。
本格的な戦闘の部隊なら倍の人数がいるが、偵察目的なので人数が少ない。
これなら騒ぎを起こしても何とか相手出来そうだ。
竜騎士の一人が騎竜から降りると、他の竜騎士二人を連れて大きなテントへと入って行く。アルスも人混みを抜けテントの中へと忍び込むと、隠れられるように小さいドラゴンへと姿を変えて後を追う。
三人が向かった先にはテーブルがあり、その上に街とその周辺が書かれた地図が置かれていた。
三人はそれを囲むように並び、地図へ何かを書いている。
ここからでは何をしているのか分からないので、もっと詳しく探る為にアルスはテントを支える骨組みへと登り、テーブルを見下ろせる角度まで落ちないように移動する。
竜騎士三人の他に後から二人の兵士も現れ、皆地図に印を付けている。
「街の周辺および上空からの捜索は異常ありません。残るは街中の捜索のみとなります」
「後捜索出来ていないのは、この場所とこの場所だけです」
竜騎士達は自分達が捜索した範囲を線で囲む。
どうやら街の捜索した場合が記されており、そのほとんどが印で埋まっているのが見えた。
「この件は王子が絡んでいる可能性が高い。ローベルク・エーレムとその仲間を何としても捕らえ情報を吐かせろ」
他の兵士や竜騎士とは違う威厳のある風格の男が腕を組みながら話す。
今回の騒ぎに俺やエーレムが関わっている事はフドルか屋敷の使用人が話したのだろう。
生死も分からず、闇雲に探しても出てこなかった王子の名前が上がった事で、竜騎士達は必死に探しているみたいだ。
この街を中心に探されてはすぐにエーレム達が見つかってしまう。早く別の場所で騒ぎを起こし、竜騎士達を撹乱させないと。
アルスが戻ろうとテントの骨組みを渡っていた時だった。
捜索用魔獣のスライムが通ったのか、骨組みの一部が滑りやすくなっており、それに気づかなかったアルスは足を取られた。
おちるっ!?
必死に小さな翼をパタパタと広げたアルスは何とか元の足場へと戻り、落ちる事は免れた。
危なかった、まさか魔獣の這いずった跡で足を滑らせるとは。あのまま地図の真上に落ちているところだ。
アルスはなんとかテントを抜け出し、人気のない場所を見つけて人に戻ると、ティーネ達にこの情報を教える為に青いブレスレットへと話しかけた。
「ティーネさん、竜騎士達は俺の噂を聞き、その情報を持つエーレムさん達を探しているみたいです。
もうすでに街の殆どの捜索を終えているみたいで、見つかるのは時間の問題かも知れません」
青いブレスレットが光り出し、ティーネの声が聞こえ始める。
「成る程、王子の情報を何も得られなかった帝国にとって今回の騒ぎは無視出来ない。だから動きが活発になっているのですね。
無事に脱出は難しいかもしれません」
確かに今のままだとティーネ達が逃げるのは難しいだろう。
なら逃げずに戦えばいい。
戦うといっても全面的に戦うのではなく、竜騎士達を街から離れさせるだけだ。
後はエーレム達が上手く立ち回るだろう。
ティーネに作戦内容を伝えると、ティーネも同じ事を考えていたのか、快く引き受けてくれた。
「街の北側で私が騒ぎを起こし、王子は南側で同じように騒ぎを起こすのですね。
もう引き返せなくなりますが、本当にいいのですね?」
帝国に自分の生存を知られ、本格的に動き出すだろう。だが、希望を抱き共に戦ってくれる者も現れるかもしれない。
「作戦が少し早くなるだけです。
街全体、いや世界中を巻き込む大きな騒ぎを起こして帝国を混乱させてやりましょう。やるなら大きく派手にってね」
「ええ仰る通りですね。
やるなら派手に、良い言葉です。
では私が先に仕掛けますので、着きましたら合図しますね」
アルスは頷くと、深く息を吸い目を閉じる。
怖くないと言えば嘘になる。正直、今でも震えを抑えるのに必死だ。
自分の行動一つで全てを失う可能性がある。そうならない為にも、失敗は許されない。
アルスは深く深呼吸し、ティーネの合図を待つ。
しばらくして、青いブレスレットがピカピカと光り出した。これが合図みたいだ。
「危険だと判断した時は無茶はせず、すぐに離脱して下さい」
「分かりました王子、では始めます」
ティーネは通信を切りアルスへと姿を変えてからフードを被る。
そして、人通りの多い広場を見下ろせる場所へと登り、ありったけの声で叫んだ。
「帝国に全てを奪われた者達よ! 聞いて欲しいっ!」
急ぐ者や買い物をしていた人々が立ち止まり、一斉に声のする方向は何処だと探して顔を上げる。
そして屋根に登っている人を見つけた。
「なんだ?」「あそこに人がいるぞ」
「おい、こんな所を帝国の兵士に見られたらまずいぞ」
「馬鹿な事はよしなさい! 早く降りないと兵士が来て捕まってしまうよ!」
アルスに化けたティーネは動じる事なく、続けて言葉を投げかける。
「大切な人を失い、家族が戦争に駆り出され、帝国の為に働かされ金をむしり取られる。それでいいのか?
怯えて動けなくても、それを振り払い帝国に立ち向かう者もいる。ここにはそんな者達はいないのか」
アルスの問いかけに広場はしんと静まり返っていたが、広場にいた一人が声を荒げる。
「簡単に言うなっ! 相手にはドラゴンがいるんだぞ? 生身で敵うかよ!」
一人が声を荒げると、次々と声が出始めた。
「そうよ! 帝国相手に私達が敵うわけないでしょ!」
「俺達だってこれ以上犠牲を出したくないんだ! 何処の誰かも知らない奴に言われたくねぇ!」
「これ以上面倒ごとは御免だ!」
皆口々に思いをぶつける中、ついにフードを脱ぎ顔を露わにする。
風に揺れる白銀の髪に曇り無き青い瞳は、身を隠す時には適さないが、民衆の視線を奪い注目させるのには十分発揮した。
「俺はシュトラール王国王子、アルステラ・エル・シュトラール!
皆を導く光として戻って来た!」




